僕のとなりは君のために

君の顔が見えた。
それも、ドアップの至近距離で君が僕を覗き込んでいる。

「うえっ」、情けない声を出して、僕は起き上がった。

「おい、お前! 私になにをした!」

君は可愛い顔で怒っている。

「いや、なにもしてないよ」

「うそつけよ! てめぇ、ぶっ殺すぞ!」

「本当だ! 僕はなにもしてない!」

「じゃあ、なんで私が妊娠してんだよ!」

えっ!?

君が大きく突き出した下腹を片手で支えが、もう片手で僕の襟を掴んだ。
「説明してもらおうじゃないか」

君の額に一本の青筋が浮かんだ。目から火が出そうだ。

「い、いや。僕はし、知らない!」

「責任、取ってもらおうからな!」

なんでそうなる?

いや、むしろ当然の流れではあるけれど、僕自身にまったく覚えがないのだからどうしようもない。

「だから、あなたって嫌いなのよ。そうやって責任から逃げてばかりで、ちっとも私のこと考えてないじゃない」

突然、君の口調が変わった。ながい髪の下から涙に濡れた顔を見せる。

僕は瞠目した。

「奈美子……」

君が、僕の元彼女に変わっていた。


「うわ……」

次の瞬間、視界が明るくなった。そこは見慣れた六畳の部屋である。

「なんだ……夢か」

やけにリアルだ。
びしょ濡れになった額を拭き、壁にかけている時計を眺めた。まだ一時前だ。

隣を見て見る。ベッドで寝ているはずの君がいない。

トイレでも行ったかと立上がると、置いてあったリュックがない。

玄関にあった靴もなくなっている。

帰ってしまったのか……
殴られずに済んだことに、少しほっとした。
それと同時に、どこかガッカリした部分もあった。

もしかしてもう君に会えないかもしれないと思うと、僕は眠れなかった。
「なんだよ……ありがとうぐらい言え!」

結局眠りについたのは空がほんのり明るくなってからだった。