愁は学校から帰ってきた。「ただいま!」愁はドアを開け、叫び玄関に入ったが、恵子からの応答はなかった。「ただいま!」靴を脱ぎ、探るように家に上がって問いかけが、返事はない。「ママ?いるの?」愁はあたりの部屋を探し始めた。もう夕暮れどきで、家の中は薄暗くなっていた。「ママ?ママ?」呼びながら、居間、台所、洗面所、それぞれを捜したが恵子の姿はなく、愁は二階に足を運んだ。「ママ?いるの?」そう呼びながら寝室のドアを開けると、そこに恵子はいた。窓辺で外を眺めて立っている。「ママ?」愁は呼びかけると、恵子は振り向いた。それはいつもの優しい顔の恵子ではなく、険しく思い詰めたような顔だった。「ママ、ここにいたの?」愁は静かに言ったが、恵子は何も言わなかった。愁は恵子の顔を見て安心し「よかった。ママも帰って来ないかと思った」笑い、何の疑問を持たずに、恵子の顔を純粋に見た。「ママ、今日夢見たよ」恵子は何か言い出そうとしたが、黙って愁の話を聞いた。「パパとママと僕がいるんだ。リュウもいる。パパが『たまには外で食事をしよう!』って言って、薔薇畑の前で……僕とママは文句を言ったの。『もっと違う所がいい!』って。でもパパは『ここが、いいんだ』って言うと、物置小屋の片隅からテーブルを出してきて置くんだ。僕とママはあまり乗り気じゃなかったけど、台所から持ってきたお皿やお箸を並べると、パパはどこからかスーパーの袋を持ってきて、その中にお肉が入ってたんだ。今日は焼き肉で、鉄板の上に肉を並べて焼いたんだ。凄く楽しかった。とても美味しくて……」愁は少し口を噤った。「シュウ」恵子は宥めるように口を開いたが、愁は話を止めようとはせずに続けた。「リュウもはしゃぎ回って、僕一人ずっと喋っちゃって、話が終わらなかったんだ。でもパパもママも僕の話を笑って聞いてくれて……」恵子の顔を見た。「……みんなで今度やろうね」愁は笑った。