岩に腰をかけた。大きな岩だ。二人は一緒に座る。それとリュウも愁に寄り添うようかのように、岩に寄り添い座った。その大きな岩は、湖の岸にある。その横には岩を被せるぐらいの、大きな樹木があった。その岩とその大きな樹木は、この湖の主のようだ。
 愁が湖を眺めていると、亨は釣り竿と餌を渡してきた。愁は黙って亨から貰い、取りあえず餌付けをしてみた。初めての釣りだ、餌付けは勿論したことがない。愁は戸惑っていた。その姿を亨は見て「かしてみろ!」愁から釣り竿を奪い取り、釣り針に餌を慣れた手つきで付けている。愁はその姿を真剣に見ていた。それが、とても嬉しく感じた。
 亨は餌付けが終わると、また愁に釣り竿を渡し「投げてみろ」言った。そう言われ、愁は思いっきり湖めがけて振ると、みるみると釣り糸が伸び、ポチャン水に落ちる音がした。それを見、続いて亨も釣り竿を振った。それから長い沈黙があった。
 暫くして「シュウ」亨は呼んだ。愁が亨を見ると、亨は湖を眺めていた。「シュウ」亨は湖を眺めながらまた呼び、一息置いて言葉を放った。「ここはとても落ち着くんだ……」亨は言い、一度愁を見、また湖を見つめる。亨は不思議な気持ちになっていた。懐かしく、切なく、悲しい気持ちだ。愁は湖を眺めながら、亨の言葉を待った。暫くして、亨は静かに言葉を放った。
「ここはパパが小さい頃、見つけたんだ」
 亨は少し黙り、また言葉放った。
「知らなかったろ……」
「えっ?」
 愁は何のことか分からず、亨を見た。
「ここに、湖があったこと……」
 その意味が分かり
「うん……」
 頷いて、また湖を眺めた。
「神様が造ったんだよ。この湖は。パパはそう信じてる。ここに咲く花は決して枯れることはない。いつ来ても咲いてるんだ。色鮮やかに咲いている。パパはね、ずっとここに湖が合ったことを秘密にしてたんだ」
「ママにも?」
「そう、ママにもだよ」
 愁は一息置いて
「神様が造ったんだ……」
 呟いた。
「神霧隠光(しんむいんこう)という言葉を知ってるか?」
「しんむ?……神霧村だ」
「そうだ。この村は昔、神霧隠光村といった」
「シンムインコウムラ?」
「神様が霧に隠れる村だ。そして最後につく『コウ』とは、光のことなんだ」
「神……霧……隠……光……」