この世界が廃れた原因は、なにも環境の優劣だけではない。人間が減らされていくことが、悲しみを生み悲しみこそが、世界を綻ばせる。
「捕らえられたら最後。人間として生きたいなら絶対に捕まるな」
忠告の中に隠されたそれは、不自然なほどアルトの態度や口調から滲み出ていた。会って二日目の関係である私にはそれを聞く勇気はなかったから、沈黙しか紡げない。
まだ駄目だ。
それを知るのにはまだ、私はこの世界を知らなすぎるのだから。
「…荊は危険ってことね」
「ああ」
「アルトは凄いんだね、そんな奴等に捕まってないなんて」
力なく笑った月をソッと見たアルトは、無表情の中にも薄ら笑いを浮かべる。
──その笑みのなんと美しいことか。
この世の全てを悟る神のように清々しく、それでいて残酷なほど悲痛漂う。
彼は、何を思って笑ったのだろう。
「アルト…?」
アルトはコートを脱いだ。
暑かったから脱いだわけではなさそうだ、証拠に次々と着ている衣服を床に落としていく。
「ちょっと…、なにしてんの」
「凄い、ねえ。誰もが俺を見てそう言うな」
今まで頻繁に見た相手を馬鹿にする顔をして、また一枚と乱暴に脱ぐ。
段々と薄くなっていく彼の肌着、顔を赤らめないわけがない。まず彼女は、そういった男の裸体というものに免疫などないのである。

