月は目の前の青年に頬を緩ませながら言った。



「昔ね、お祖母ちゃんが言ってたの。名前を教えあうことはお互いの繋がりを深めることだって」


その人を知りたいのなら、まずは名前を伝え合うこと。祖母の口癖のようなものだった。

今思えば懐かしい地上の頃の古い記憶。



「……クサイ台詞だな」

「ちょっと!…だからね、なんか名前知れて嬉しいんだ」


月の心底嬉しそうな顔を、アルトはじっと見つめ、それを鼻で笑った。



「ここで名前は意味なんか持たねえのに、か?」


「え?」

「いつ死んでもおかしくない人間なんかの
繋がりとか、深めても仕方ねえよ」



月を馬鹿にするのではなく、この世界の真実を率直に伝えているのはアルトのせめてもの優しさだった。

思ったよりも"穢れ"がない彼女に、現実を突き付けるための愚策。


そして言い方が悪くなってしまったのは、大人気なくも居心地の悪くなった気持ちを月にぶつけてしまいたくなったから。


(、調子が狂って仕方ない)




「……」

「ところでアンタ、なんであんな───」

「、可哀想」

「……なんだって?」



「貴方の名前、貴方自身で台無しにしてる」




ダイナシ?



自分は生まれてこの方、名に誇りを持ったことなんてない。

それなのに、目の前の出会ったばかりの人間にとやかく言われる筋合いもなければ意義だってないのだ。


────彼女の目は、沈んだ心の奥底から、いつかの感情を掘り出そうとする。

それがアルトにとって気に食わない筈がなかった。





「………意味分かんねえ」


悪までも冷たく月を突き放して背を向けた。



(シャワーにでも入って、全て洗い流そう)



今日は予想外な事が続いて疲れが蓄積され続けていた体が、すごく重いのだ。


背中に突き刺さる視線を意識の外に追いやり、やや乱雑に扉を閉めた。