君に、会いたい
君に、逢いたい
どうしても「きみに、あいたい」から……
僕は君に、あいにいく
僕は今、新幹線の座席に身を預けて、ぼんやりと流れていく景色を眺めている。
手にしたスマートフォンは、しっかりと握り締めたままで。
8時ちょうど広島発、のぞみ118号。君の住む街には、正午過ぎには到着するはずだ。
さっきからひっきりなしに、小刻みに震えて着信を伝える僕のスマートフォン。ディスプレイに表示されるアドレスは、全部君のものだ。
早く、会いたい……
液晶画面の中の文字が、何度も何度も僕に訴えかける。僕もそれに答えを返す。
僕も、会いたい……
もうすぐ会えるとわかっていても、僕も君も逸る気持ちを抑えることができない。時速300キロでどんどん距離は縮まっているというのに。
僕と彼女の出会いは、小説の投稿サイトだった。
拙いながらも細々と投稿を続けていた僕に、励ましのメッセージをくれたのが彼女だった。それまで自分の作品とかサイト内での自分自身に、反応らしい反応をもらったことのなかった僕は、彼女のメッセージにすぐに舞い上がってしまった。即座に お礼のメッセージを返して、お気に入りユーザー登録を申し込んだ。その日のうちに彼女から承諾の返事が来て、二人はサイト内での「友人」となった。
それからすぐ、僕は彼女の作品を読み始めた。彼女の作品の柔らかく透明感のある作風に、僕はすぐに虜になった。そのことを正直に感想に書くと、彼女からは照れ臭さを隠すかのような返事が返ってくる。そして、どういうわけか彼女も僕の作品を気に入ってくれたみたいで、アップするたびに丁寧な感想を送ってくれ、書き手としての目線に感心させられることも多かった。
しばらくの間は、感想を交換しあったり、なかなか表現出来ないことへの愚痴をこぼし合ったり、有意義な情報交換をしたりと「書き手」としての交流が続いていた。
けれど僕は、「書き手」としての彼女ではなく、「女」としての彼女に興味を持ち始めていた。そして僕は、彼女とのもっと踏み込んだ関係を構築するべく、メッセージに大胆な書き込みをした。
「あなたともっと仲良くなりたい」
個人的なお付き合いの誘いだった。
僕にとって、これは賭けだった。彼女がこれで機嫌を損なえば、今での穏やかな関係すら一気に失うことになりかねない。そんな危険を冒してさえ、彼女の僕への思いを知りたいと願った。
それから二日間、彼女からのアプローチがプッツリと途絶えてしまった。やはりやってしまった! と落胆と動揺を抑え切れなくなっていた時に、彼女からのメッセージが届いた。
「ごめんなさい」
タイトルにはそう記されていた。やはりそうか…… とがっかりしながら本文を開いた。
「お返事遅くなりました。あなたのお申し出を私なりに考えてみました」
ここまで読んだところで、やっぱり断られる、と暗燦たる気持ちになる。
「私みたいな者でよろしければ、仲良くしてください」
えっ?
思いがけない言葉が目に飛び込んでくる。間違いではないかと何度も読み返してみた。
間違いない!
彼女は僕を受け入れてくれたんだ。落ち着いて続きを読む。
「良かったら私のサイトにお越し下さい。連絡先の交換はそちらで」
そこには、彼女の個人サイトへのリンクが貼られていた。僕は早速、そのアドレスにアクセスしてみる。するとベビーピンクの壁紙に彩られた、可愛らしくも華麗なサイト画面が目に飛び込んで来た。
その中のメッセージボタンを探し出し、僕は迷わずクリックする。そしておもむろにメッセージを書きはじめた。
「こちらでははじめまして。早速ですが僕のアドレスを書かせていただきます」
僕はメールアドレスを書き込んで、送信ボタンをクリックした。すると1分もたたないうちに、僕のスマートフォンが振動してメールの着信を告げた。
着信画面を見る。そこには、彼女の名前をもじったらしいアルファベットと数字の羅列があった。それが僕のスマートフォンに、彼女のメールアドレスが初めて表示された瞬間だった。
それからというもの、僕は彼女のことを知るための努力を連日続けた。既婚者の彼女は思いのほか気さくで、家族のことや暮らしぶりなど、結構詳しいことも教えてくれた。
ある日僕と彼女が同い年であることを知り、そのささいな共通点に僕は舞い上がった。もっともっと彼女に接近したくて、彼女とのやり取りの中で、彼女の思いにいつも添うことができるよう僕は心がけていた。
僕は機会を窺っていた。そもそも他人の目が届かない個人的なやり取りの中で、秘めた思いを吐き出したい欲求は当然のものだろう。ある日に交わすようになった、お互いが描く作品の主人公達の口から放たれるような睦言を、僕は熱心に彼女に送り続けた。すると想像力の豊かな彼女は、僕がせっせと送り続ける愛の言葉を、受け入れはじめてくれているように感じた。
それに気を良くした僕は、ある日禁断の言葉を彼女に告げる。お互いに結婚をしている身、絶対に口にしてはいけない言葉だった。
「愛してる」
電波に乗せられ送られる、甘く残酷な言葉。それを彼女に告げたところでどうすることもできないのに、その時僕は彼女に伝えたくて仕方なかった。
彼女からの返事を待っている時間が、ひどく緩慢に流れているように感じた。我がまま放題の言葉を吐いた僕が、彼女の返事を焦れながら待っている。早く答えを知りたい、その思いでいっぱいになっていた。
ブ、ブブ……
振動が着信を告げるやいなや、僕は着信画面を表示させた。目に飛び込んできた言葉に、僕は目を丸くした。
「わたしも、愛してる」
嬉しかった。しかし残酷な言葉だった。晴れて思いが通じ合ったとしても、お互いに捨てられないものを持っている僕達は、結ばれることは決してないからだ。現実に目を瞑って寄り添えるほど、抱えているものが小さくないことを僕達は知っていた。それでも僕達は、報われることのない空虚な愛の言葉を繰り返す。
「愛してるんだ」
「私も……ねぇ、愛してるの、あなたを」
繰り返される睦言が、二人の気持ちを高めていった。その時僕達は、お互いのことしか頭になかったんだと思う。
「どうしようもなく、好きなの。どうすればいい?」
彼女の言葉が、僕の心に火をつけていく。次の返事で、僕はとんでもないことを彼女に告げていた。
「会いにいくよ、君に」
「本当? 会いに来てくれるの?」
心から嬉しそうな彼女の言葉に、つられるように僕は言葉を返した。
「ああ、約束する。絶対に会いにいくから」
現実問題として、広島の片田舎に住んでいる僕と、東京にいる彼女の距離はあまりに遠く、仕事や家庭の間隙を縫って彼女に会いにいくという行為は、なかなか容易でないことは間違いない。それでも……
彼女に逢いたい
彼女を抱きたい
その衝動を抑えることは、もう僕には出来そうになかった。彼女を手に入れるためなら何でも出来る、その時僕はそんな歪んだ決意に支配されてしまったんだ。
それから僕は、必死で仕事をやりくりして有給を取得し、妻や子供に嘘をついて、今新幹線の車内にいる。
後ろめたさを感じながらも、これから起こるであろう、彼女とのことに思いを馳せずにいられない。
もうすぐ、逢える。
それを頭の中で呪文のように繰り返し、現実を頭の中から追いやる。そして窓に目をやると、シルバーの車体を煌めかせて、山手線の車両が並走していた。
彼女が、待っている。
そう信じて、到着のアナウンスを聞いた僕は、出口のドアに向かうべく歩き始めた。
君に、あうために。
君に、逢いたい
どうしても「きみに、あいたい」から……
僕は君に、あいにいく
僕は今、新幹線の座席に身を預けて、ぼんやりと流れていく景色を眺めている。
手にしたスマートフォンは、しっかりと握り締めたままで。
8時ちょうど広島発、のぞみ118号。君の住む街には、正午過ぎには到着するはずだ。
さっきからひっきりなしに、小刻みに震えて着信を伝える僕のスマートフォン。ディスプレイに表示されるアドレスは、全部君のものだ。
早く、会いたい……
液晶画面の中の文字が、何度も何度も僕に訴えかける。僕もそれに答えを返す。
僕も、会いたい……
もうすぐ会えるとわかっていても、僕も君も逸る気持ちを抑えることができない。時速300キロでどんどん距離は縮まっているというのに。
僕と彼女の出会いは、小説の投稿サイトだった。
拙いながらも細々と投稿を続けていた僕に、励ましのメッセージをくれたのが彼女だった。それまで自分の作品とかサイト内での自分自身に、反応らしい反応をもらったことのなかった僕は、彼女のメッセージにすぐに舞い上がってしまった。即座に お礼のメッセージを返して、お気に入りユーザー登録を申し込んだ。その日のうちに彼女から承諾の返事が来て、二人はサイト内での「友人」となった。
それからすぐ、僕は彼女の作品を読み始めた。彼女の作品の柔らかく透明感のある作風に、僕はすぐに虜になった。そのことを正直に感想に書くと、彼女からは照れ臭さを隠すかのような返事が返ってくる。そして、どういうわけか彼女も僕の作品を気に入ってくれたみたいで、アップするたびに丁寧な感想を送ってくれ、書き手としての目線に感心させられることも多かった。
しばらくの間は、感想を交換しあったり、なかなか表現出来ないことへの愚痴をこぼし合ったり、有意義な情報交換をしたりと「書き手」としての交流が続いていた。
けれど僕は、「書き手」としての彼女ではなく、「女」としての彼女に興味を持ち始めていた。そして僕は、彼女とのもっと踏み込んだ関係を構築するべく、メッセージに大胆な書き込みをした。
「あなたともっと仲良くなりたい」
個人的なお付き合いの誘いだった。
僕にとって、これは賭けだった。彼女がこれで機嫌を損なえば、今での穏やかな関係すら一気に失うことになりかねない。そんな危険を冒してさえ、彼女の僕への思いを知りたいと願った。
それから二日間、彼女からのアプローチがプッツリと途絶えてしまった。やはりやってしまった! と落胆と動揺を抑え切れなくなっていた時に、彼女からのメッセージが届いた。
「ごめんなさい」
タイトルにはそう記されていた。やはりそうか…… とがっかりしながら本文を開いた。
「お返事遅くなりました。あなたのお申し出を私なりに考えてみました」
ここまで読んだところで、やっぱり断られる、と暗燦たる気持ちになる。
「私みたいな者でよろしければ、仲良くしてください」
えっ?
思いがけない言葉が目に飛び込んでくる。間違いではないかと何度も読み返してみた。
間違いない!
彼女は僕を受け入れてくれたんだ。落ち着いて続きを読む。
「良かったら私のサイトにお越し下さい。連絡先の交換はそちらで」
そこには、彼女の個人サイトへのリンクが貼られていた。僕は早速、そのアドレスにアクセスしてみる。するとベビーピンクの壁紙に彩られた、可愛らしくも華麗なサイト画面が目に飛び込んで来た。
その中のメッセージボタンを探し出し、僕は迷わずクリックする。そしておもむろにメッセージを書きはじめた。
「こちらでははじめまして。早速ですが僕のアドレスを書かせていただきます」
僕はメールアドレスを書き込んで、送信ボタンをクリックした。すると1分もたたないうちに、僕のスマートフォンが振動してメールの着信を告げた。
着信画面を見る。そこには、彼女の名前をもじったらしいアルファベットと数字の羅列があった。それが僕のスマートフォンに、彼女のメールアドレスが初めて表示された瞬間だった。
それからというもの、僕は彼女のことを知るための努力を連日続けた。既婚者の彼女は思いのほか気さくで、家族のことや暮らしぶりなど、結構詳しいことも教えてくれた。
ある日僕と彼女が同い年であることを知り、そのささいな共通点に僕は舞い上がった。もっともっと彼女に接近したくて、彼女とのやり取りの中で、彼女の思いにいつも添うことができるよう僕は心がけていた。
僕は機会を窺っていた。そもそも他人の目が届かない個人的なやり取りの中で、秘めた思いを吐き出したい欲求は当然のものだろう。ある日に交わすようになった、お互いが描く作品の主人公達の口から放たれるような睦言を、僕は熱心に彼女に送り続けた。すると想像力の豊かな彼女は、僕がせっせと送り続ける愛の言葉を、受け入れはじめてくれているように感じた。
それに気を良くした僕は、ある日禁断の言葉を彼女に告げる。お互いに結婚をしている身、絶対に口にしてはいけない言葉だった。
「愛してる」
電波に乗せられ送られる、甘く残酷な言葉。それを彼女に告げたところでどうすることもできないのに、その時僕は彼女に伝えたくて仕方なかった。
彼女からの返事を待っている時間が、ひどく緩慢に流れているように感じた。我がまま放題の言葉を吐いた僕が、彼女の返事を焦れながら待っている。早く答えを知りたい、その思いでいっぱいになっていた。
ブ、ブブ……
振動が着信を告げるやいなや、僕は着信画面を表示させた。目に飛び込んできた言葉に、僕は目を丸くした。
「わたしも、愛してる」
嬉しかった。しかし残酷な言葉だった。晴れて思いが通じ合ったとしても、お互いに捨てられないものを持っている僕達は、結ばれることは決してないからだ。現実に目を瞑って寄り添えるほど、抱えているものが小さくないことを僕達は知っていた。それでも僕達は、報われることのない空虚な愛の言葉を繰り返す。
「愛してるんだ」
「私も……ねぇ、愛してるの、あなたを」
繰り返される睦言が、二人の気持ちを高めていった。その時僕達は、お互いのことしか頭になかったんだと思う。
「どうしようもなく、好きなの。どうすればいい?」
彼女の言葉が、僕の心に火をつけていく。次の返事で、僕はとんでもないことを彼女に告げていた。
「会いにいくよ、君に」
「本当? 会いに来てくれるの?」
心から嬉しそうな彼女の言葉に、つられるように僕は言葉を返した。
「ああ、約束する。絶対に会いにいくから」
現実問題として、広島の片田舎に住んでいる僕と、東京にいる彼女の距離はあまりに遠く、仕事や家庭の間隙を縫って彼女に会いにいくという行為は、なかなか容易でないことは間違いない。それでも……
彼女に逢いたい
彼女を抱きたい
その衝動を抑えることは、もう僕には出来そうになかった。彼女を手に入れるためなら何でも出来る、その時僕はそんな歪んだ決意に支配されてしまったんだ。
それから僕は、必死で仕事をやりくりして有給を取得し、妻や子供に嘘をついて、今新幹線の車内にいる。
後ろめたさを感じながらも、これから起こるであろう、彼女とのことに思いを馳せずにいられない。
もうすぐ、逢える。
それを頭の中で呪文のように繰り返し、現実を頭の中から追いやる。そして窓に目をやると、シルバーの車体を煌めかせて、山手線の車両が並走していた。
彼女が、待っている。
そう信じて、到着のアナウンスを聞いた僕は、出口のドアに向かうべく歩き始めた。
君に、あうために。