悲鳴のした森の中心部までは、昼間なら5分と掛からない距離だった。
頭の中で瞬時に最短距離を弾き出し、合宿中のトレーニングを上回るスピードで走る。
先ほどまでの迷走が嘘のように、木の根も枝も邪魔することなく僕を森の深部へと導いていく。
僕の殺気に恐れをなし、木々達が道を開いていくように見えた。
森の中心まであとわずかの所で人の気配を感じ足を止めた。
すばやく身を隠し、周囲に人影を確認する。
近くに落ちていた1メートルほどの枝を握ると、いつでも対峙できるよう構えた。
そのとき、夜風に紛れたほのかな香りに気が付いた。
それは間違いなく香織を抱いてシャワーブースへ飛び込んだ時のそれと同じだった。
香織が近いことを確信して闇に目を凝らす。
月明かりが一筋の道を作るその先に、枝に絡まった長い髪が一房揺れていた。
枝に絡まった髪を解く時間を惜しみ、根元から引きちぎったらしい。数本などという単位ではない。相当痛かっただろうし、出血もしたかもしれない。
森の地理に明るい僕とは違い、香織にとって夜の森はとても恐ろしかったに違いない。
木の根に足を取られ、その身を傷つけながらも、彼女を突き動かした父親への思いに胸が詰まった。



