【長編】Little Kiss Magic 3~大人になるとき~


悲鳴のした森の中心部までは、昼間なら5分と掛からない距離だった。

頭の中で瞬時に最短距離を弾き出し、合宿中のトレーニングを上回るスピードで走る。

先ほどまでの迷走が嘘のように、木の根も枝も邪魔することなく僕を森の深部へと導いていく。

僕の殺気に恐れをなし、木々達が道を開いていくように見えた。

森の中心まであとわずかの所で人の気配を感じ足を止めた。

すばやく身を隠し、周囲に人影を確認する。

近くに落ちていた1メートルほどの枝を握ると、いつでも対峙できるよう構えた。


そのとき、夜風に紛れたほのかな香りに気が付いた。

それは間違いなく香織を抱いてシャワーブースへ飛び込んだ時のそれと同じだった。

香織が近いことを確信して闇に目を凝らす。

月明かりが一筋の道を作るその先に、枝に絡まった長い髪が一房揺れていた。

枝に絡まった髪を解く時間を惜しみ、根元から引きちぎったらしい。数本などという単位ではない。相当痛かっただろうし、出血もしたかもしれない。

森の地理に明るい僕とは違い、香織にとって夜の森はとても恐ろしかったに違いない。

木の根に足を取られ、その身を傷つけながらも、彼女を突き動かした父親への思いに胸が詰まった。