『彼女が大切なら絶対に離れるな。命を懸けても必ず護ってやれよ』
父親の形見だというバイクのキーを投げてよこした、あの人の顔が浮かんだ。
冷静な判断。計算された動き。冷たい物言いをするがその言葉にの裏は温かいものがあり、彼の人柄を窺い知ることができる。
とても心の強い人だと思った。
彼のような人ならば僕の父のように、多くのものを護れるのかもしれない。
―Tatsuya.Sー
ハンカチの刺繍の名を心の中で復唱する。
僕も…彼のようになりたいと思った。
これまでにも強くなりたいと思ったことは何度もある。
だけど、浅井グループを統べる技量のある男になりたいと思ったのは初めてだった。
瞼の裏に香織の笑顔が浮かぶ。
ー会いたい。
今すぐに無事を確かめて、香織を抱きしめたかった。
動かない身体のもどかしさに唇を強く噛み締める。
ー強く、なりたい!
ギリッと音がして口内に鉄の味が広がった。
痺れるような痛みが走り、その瞬間身体の拘束が解けた。
停止していた時間が動き出すと同時に、血の滾るような爆発的な感情が込み上げてくる。
「香織――っ!」
全身が沸き立つような感覚を抑えることができず、声の限りに香織の名を叫ぶと一目散に走り出した。



