「なるほど…確かに百合絵の葬儀に尾田が来なかったのは覚えている」

長い静寂を破り、僕を思考の深みから引き上げたのは父の声だった。

「…まさか自殺だったとは。瀬名が尾田の百合絵に対する仕打ちは万死に値すると言った理由がようやく分かったよ。
夫婦仲が良くなかった事は知っていたが、尾田は妻の葬儀を実家に押し付け顔を出すことすらしなかった。挙句に喪も明けぬうちに新しい女を家に連れ込んだんだ。
尾田が娘の生存を喜ばず、瀬名に押し付けた時は腸(はらわた)が煮えくり返るようだったが、そういうことだったのか」

父が忌々しげに言うと、紀之さんはギリと唇を噛み締め言葉を繋いだ。

「あれから数年後、尾田は突然不審な死を遂げ、その後尾田コーポレーションは巨額の負債を抱え倒産した。
社長の死は経営不振によるノイローゼで山中で自殺したと報道されたが、俺にはどうしても納得がいかない。もしかして…」

紀之さんの言いたい事を察知して、僕は固まった。

香織やご両親を前に、これ以上一族の血生臭い闇の部分に触れることは好ましくない。

父も同じ事を考えたのか紀之さんを視線で一喝した。

その瞳はいつもの穏やかな紳士のそれではなく、僕でさえも見たことの無い、一族の血の香が漂う冷たいものだった。


だが、僕らにはそれが答えだった。