紀之さんは香織の事情を知らないし、香織の家族はもちろん一族の悲劇など知らない。
父ですら百合絵さんの心中の事実を知らないらしい。
つまり、僕だけが双方の事情と、その接点に気付いているのだ。
そこにいた全員が僕らの会話を呆然として聞いている中、気まずい雰囲気が流れる。
どこから説明しようかと考えていると、重い空気を切り裂くような強い口調で父が口火を切った。
「紀之、一体どういう事かな?
どうしても直接廉の耳に入れたい緊急の話しがあると言うから客人がいらっしゃるにも関わらず廉に会うことを許可したんだ。
本来なら君をここへ通すなどあり得ないんだぞ。
だが、香織ちゃんを助ける為に車を出してくれたと廉から聞いていたから、心配する君の様子に免じて、挨拶だけならと思ったんだ。
それなのに…まさかそんな失礼な口を利くとは思わなかったな。
大体、どうして君が香織ちゃんを責めるんだ? 君の妹との婚約を廉が渋っているせいか?」
「違うよ、父さん。
僕が説明する。…紀之さん、いいよね?」
紀之さんは一瞬眉を顰め、渋い顔をしたが『ああ』と低い声でつぶやいた。
それを受けて、一つ深呼吸してから全員の顔をグルリと見渡した。
緊張した面持ちの香織の手を握って、大丈夫だからと気持ちを伝えるようにその手の甲を優しく撫でる。
コクリと頷くのを確認してから、口を開いた。



