紀之さんは僕の隣の一人がけのソファーに深く沈み込むように座り、両手で顔を覆うようにして俯いた。
小刻みに震える肩は、泣いているようにも、笑っているようにも見える。
やがて大きく深呼吸して、顔を上げた彼の視線は、真っ直ぐに香織に向かっていた。
「香織姫が…百合子の異母姉妹…とはね
ククッ…。同じ姉妹でも随分違うもんだな。
一族にがんじがらめにされ、意思など関係なく婚約させられる百合子と違い、香織姫は自由だ。同じ父親の血を引いているのに、一人は捨てられ、もう一人は幸せに生きていたって事か?」
「紀之さん!それは違う。あなたは香織の事情を何も知らない。
そんな風に言う事は僕が許さない。
香織だって父親に捨てられたと思ったショックでその記憶を失うほどに心が傷ついた時期もあった。今日の事故でその記憶が戻って、あなたが来るほんの少し前まで、こうして座ることすら出来ないほど憔悴していたんだ。
それでも必死に現実を受け止めようと気丈に振舞っている。
今また安田が父親だと知らされて、あなた以上にショックを受けているのは、ここにいる香織なんですよ」
僕の言葉にハッとした紀之さんは、ばつが悪そうに香織に向かって『すまない』と言うと唇を噛んで黙り込んだ。
強く噛み締める唇は、震えて徐々に紫に変色していく。
真実を知らないが故、やりきれない怒りに苦しむ紀之さんに、胸が痛くなった。



