【長編】Little Kiss Magic 3~大人になるとき~


もしも彼女が冷静だったなら、それが罠だとすぐに解っただろう。

だが、長期の監禁と出産で心身ともにボロボロになっていた彼女に、それを冷静に確かめるだけの気力は残っていなかった。

俊弥の呼びかけに僅かに反応した彼女は、最後の願いを伝えると、腕の中で静かに息を引き取った。

俊弥があと少し早く着いていたら…

彼女がもう少しだけ、俊弥を信じて待っていてくれたなら…

夫が仕掛けた罠に嵌る事無く、二人で幸せに暮らせていたかもしれない…

だが彼女はその罠に嵌り、永遠に俊弥の元を去ってしまったのだ。


俊弥は逃げた。

泣いている暇は無かった。

彼らが自分を見つける前に、娘の存在を隠さなくてはならなかった。

足跡を消し去る雪が、二人の痕跡の全てを隠してくれるよう願いながら、小さな命を抱きしめて走り続けた。


――せめてこの子だけは…一族の手の届かないところで幸せに―…


彼女が消え逝く最後の瞬間の切なる願いを叶えるために―…