その日の午後、安田さんの部下が車を回してくれた。
香織はここへ初めて来た日と同じサマードレスを着て、ニッコリと笑ってお辞儀をした。
その笑顔が作り物だということが、僕にはわかる。
二人にお礼を言うと、父さんは香織の頭にフワリと手をおき、母さんは香織を抱きしめてポロポロと大粒の涙をこぼした。
それでも香織は最後まで微笑を崩さなかった。
最後の最後、僅かな時間でも君を傍に留めたいと望む女々しい僕を叱咤するように、香織は僕に送られることを頑なに拒み、別荘での別れを望んだ。
「素敵な思い出をありがとう」と言ったときも…
独りで車に乗り込んだときも…
その笑顔の奥の哀しみを微塵にも見せず、車が走り去る最後の瞬間まで微笑み続けた。
どんなに辛いときも、君は微笑むんだね。
最後まで涙を耐えたのは、君の涙が僕の決意を鈍らせると知っているからだろう?
君を送り届けることを拒んだのは、耐え切れなくなる姿を見せたくなかったんだね?
香織の健気な気持ちが痛いほどに伝わってきて胸がいっぱいになる。
彼女を労わる気の利いた言葉をみつける事も出来なくて
車窓から僕に投げかけた、哀しいほどに綺麗な微笑を…
抱きしめるように受け止める事しかできなかった。