朝食のトレイを持ち、部屋まで歩く。

たかがフレンチトーストとフルーツを載せたトレイがそんなに重いはずも無い。

リビングから部屋までの距離がそんなに長い訳でもない。

それなのにトレイを部屋まで運ぶという、子供でも出来る単純作業が何故か上手くできなかった。

それは、刻一刻と香織が僕の元を飛び去る瞬間(とき)が近づいている事を受け入れたくない自分の弱さなのだろう。

部屋の前まで来ても、ドアを開けるという単純な動作をすることを、身体が無意識に拒否して、指が動こうとしなかった。


自分が決めたことだ。

香織は僕の決意を何も言わず、涙も見せず受け入れてくれたじゃないか。

涙を見せれば、僕の決意が揺らぐのを解っていたから…

僕が苦しむと知っていたから…

僕が躊躇してどうする?

僕以上に辛いのは香織だ。

一つ深呼吸をし、キッと顔を上げるとドアを開ける。

部屋の片隅には荷物が寄せられており、既に荷造りが済んだらしい事が窺えた。