【長編】Little Kiss Magic 3~大人になるとき~

この時になって初めて、あたしは彼の名前も聞いていなかったことに気付いた。

「あっ…あの、すみません。
お名前を教えてください。この服もお返ししないといけないですし…ご住所もお願いします。必ずお礼に伺いますので…」

「俺もあいつらに用があったし礼なんて必要ない。
その服はここへ来る前に俺が彼女の為に買ったものだから、また同じものを買ってやればいいだけのことだ。返してもらう必要はない」

「でも、そんな訳にはいきません」

「いいんだ。この服を見る度にあんたは嫌なことを思い出すだろうから、処分して良いよ」

そういうと彼はあたしの頭をクシャ…と撫でた。

「俺に気を張らなくていい。それより少し自分を労わってやれよ。
大変な目にあって怖かっただろう?」

フンワリと伝わってくる温かさが、張り詰めていたあたしの心を緩め、思い出したように涙が頬を伝いだした。

彼は少し驚いたようだったけれど、そっとハンカチを差し出してくれた。

「ありがとう…ございます」