◆Doll....ドリアン

都内にある洒落た三階建ての建物に、綾香の経営するエステティックの会社はあった。

社員は女性ばかり30人ほどだが、最近は雑誌にも紹介されたせいか、

急激に業績が延びている。そして今日も忙しい1日が始まろうとしていた。

「社長!おはようございます」

「おはよう。例の物は届いたかしら?」

「ええ。いまさっき届きました。見に行かれますか?」

「もちろんよ。楽しみだわ」

綾香は、嬉しそうに立ち上がると、エレベーターへ向かった。

一階エントランスには、すでに社員が集まり、

真新しい白いヨーロピアンの椅子の配置で揉めているところだ。

その待ちかねていた物とは、

今現在のイメージモデルで人気モデルのJunの生き写しの人形。

その等身大人形が、ようやく今日届いた。



彫刻のような彼の生き写し人形は、

きっと大理石とガラス張りの殺風景なエントランスに華を添えてくれるだろう。

そして、それは綾香の期待以上の出来栄えで、誰もが溜息がでてしまうほどだった。

その人形は、真っ白なエントランスで、神々しく輝いて見えた。

雪のように白い肌、美しい鼻筋、優しく微笑む切れ長の瞳、

凛々しい眉毛、ほんのりピンク色の魅力的な唇。

柔らかそうなサラサラの髪は、自動扉が開くたびに入ってくる風に揺れて、

誰が見ても人形には見えなかった。





「この椅子に座らせて」

綾香が指示すると、社員たちは素早く動き出して人形を運んできた。

細く長い脚を組み、外を眺めている位置に座らせると、

美しい横顔が強調された。

間違いなくエントランスに入ってきたお客様の心を捉えるはずだ。

「ドリアンに決めたわ」

綾香がそういうと、社員が一斉に綾香を見た。

「名無しでは気の毒でしょ」

そしてもう一度、ドリアンと名付けられた人形の前に座ると

彼のクリスタルのような瞳に吸い寄せられるような感覚になった。

まるで意思を持って生きているようにさえ感じた。

(私ったら、ただの人形を前にドキドキしてる。変ね、どうかしてる)

綾香は立ち上がると、男性主任の神埼に声をかけた。

「じゃあ 後はお願いね」

そう言うと社長室へ戻っていった。

日向綾香(ひゅうがあやか)は、29才で独身。

経営者としては若いが、女性としての29才は微妙な年齢だ。

大学を卒業してから 忙しくて恋愛などする暇などなかった。

今になって振り返れば

恋のひとつでもしておけばよかったと思うこともある。

そして、とうとう一度も恋愛経験のないまま

父に紹介された人と婚約して半年が経った。