リハビリ日記

2014.03.11

通院回数138回目でゴザイマス!

今日は3・11から3年ということでアッチコッチデ話題満載でしたね。
精神的に完全復活できていない身としては辛い一日となりました。
とは言うモノの震災が風化してしまう事も辛いので、私も震災当日の話題をなげてみようと思います。

その日私はG病院@内科にいました。
甲状腺に腫瘍が見つかり癌の可能性を否定できないことから、細胞診という喉に針を刺すという怖い検査を受け、その結果がわかるはずでした。
が、大地震で病院も被災。
壁やガラスにヒビが入り、停電で電子カルテが使用不能に陥り結果がわからないまま帰宅するしかありませんでした。
道路はあちらこちらで倒れた壁や落ちてきた瓦で車が通れない状態。
大きい道に出ようにも大渋滞の上、停電で信号もついていません。
20分で来た道を1時間以上かけて帰宅しました。
家の中はめちゃくちゃで靴を履いたまま手回しラジオだけをとってスグ外に出ました。
大きな余震が何度もあり家の中は危険と判断。
(半壊し家を建て直す羽目になりましたので、マジで危険でした!)
近所の人達がラジオに集まってきました。
10年前の性能も悪い物(1分回して1分しか使えない)でしたが、情報は手に入りました。
皆で順番に回してくれたので疲れることもなく情報を得る事が出来、自分よりも深刻な状況の人が居る事を知り愕然とした事を覚えています。
初めの3日間は生きるだけで精一杯の状態。
不幸中の幸いでパンデミック対策に食料と水のストックがあったのでソレでしのいでいました。
非常持ち出し袋の中身を使って良い事に気が付いたのは4日目に入ってからでした。
一週間ぐらいして少し落ち着いたところで甲状腺のことが気になり出だしました。
原発問題で甲状腺に腫瘍のある事の不安が大きくなり、癌かも知れないと言う恐怖心も加わり過剰にかばいすぎる生活をしていました。
病院が再開したのは1ヶ月半過ぎてから。
その間、ズ~ッとかばっていたのですから拘縮してしまうのは当然かもしれません。
拘縮もソコからくる痛みもありましたが、癌の不安が大きくなっていました。
ようやく聞けた検査結果は、限りなく白に近いけどグレーとの事で一年後にエコー検査を受けることになりました。
一年たってのエコー検査の結果は、さほど大きくなっていないので経過観察で問題ないでしょうとの事。
毎年エコー検査を受けて、腫瘍の大きさが3cmを超えたら手術も考えましょうと言う事になりました。
安心したら今度は痛みが気になって、先生に相談しました。
甲状腺からくる痛みではないので整形に相談して下さいとの事で、今のK整形外科に通院し始めたわけでゴザイマス。

というわけでK整形外科に今日もリハビリに行ってまいりました。

3・11の話題による精神的ダメージで吐き気がMAXってかチョッチ吐いてしまいました。
昼食もろくに取れずグダグダしていたら・・・退勤ラッシュの時間になっちゃった(^^;
渋滞に巻き込まれたモノの、17:20には受付。
スグに呼ばれてしまうと上着をしまったり髪をまとめるのにアタフタするので、支度をしてから受付します。
あれ?受付の人、新人さん?と思ったらチャントいつもの受け付けの人もいてリハビリのみでお願いしました。

先に一人いたのですがなぜか私から呼ばれる。
リハビリ室に入って納得。
温めの機械は誰も使っていなかったけど、電気が満員でした。

もちろん温めからです。
前回気が付いた名札の「看護師 運動器セラピスト」さんが今日もリハビリ室にいました。
「看護師 運動器セラピスト」さんでは長いのでこれからはセラピストさんとお呼びしましょう。
今日も温め痛がありましたが、軽いモノでしたのでタイマーをにらむこともなく済みました。
目の前のベットに座って電気をしている人が微調整してたりして・・・。
助手さんは見て見ないふりしていたので自己微調整はアリなのかな?

温めの次は電気です。
セラピストさんが電極を付けてくれました。
弱くなるのを見越してチョッチ強めにしてもらいました。
微調整もいらずに済んで良かったです。
お医者さんが手が空いたらしく、リハビリ室に入ってきました。
声しか聴けなかったけど・・・。
先生の声が聴けるのって何か良いな。
声をかけてもらえればもっと良いんだけどね。

お会計は新人さん。
受付と会計と2人態勢になるのかな?と思った私です。