言おうとした声が、口から出ることはなかった。
何故なら、強い力で、けれどどこか優しい手に、頭を抱き寄せられたからだった。
「……言っとくけど、俺だってミヤにそんな顔してほしくない。」
いつの間にソファを立っていたのか、ミヤコの前に移動していたノアにぐいと頭を引き寄せられて、ミヤコは前のめりのまま固まっていた。
目の前にノアの胸板がある。すぐそこで鼓動が聞こえる。声が頭上から降ってくる。
その声は優しくも真剣で、ミヤコは瞬きすら忘れていた。
「できれば、ミヤには何も知らないままでいてほしかった。」
「…………っ」
「そしたらミヤに、こんな顔させなくてよかったのに、って。」
「…………っ」
「俺はミヤに助けられたよ。だって、今日一日でどれだけ笑ったかわからない。俺一人じゃこんなに笑えなかった。でもミヤが一緒だったから。」
「…………っ」
「そんなこと、とか言うなよ。俺はね、誰かと外で遊ぶとか、ご飯食べるとか、そういうの初めてだったんだ。だけどそれがすごく楽しかったのは、一緒に居てくれたのがミヤだったから。」
「…………っ」
「ミヤじゃなかったら、俺はあんなに楽しくなかった。笑えなかった。ミヤじゃなきゃダメだった。」
「…………っ」
「それだけでいい。それだけで俺は助けてもらった。どれだけ恩返ししたらいいかわからないくらいに。」
「…………っ」
「だから、ミヤ。泣くなよ。」
泣くな、と、頭を抱き寄せるノアの手に少し、力がこもる。
ミヤコは瞳から零れる涙を必死に拭った。
いくら拭っても涙はとどまるところを知らない。
それもそうかとミヤコは頭の隅で思う。
だってあたしは泣いたことがない。涙のとめ方も知らないのだ。


