「ハルはきっと、俺が逃げたと思ってる。」ノアの瞳は至って冷静だった。「追放の事実を知ってるのは見張りだけ。ハルはたぶん、俺が逃げたって伝えられてると思う。」

「理不尽なっ……!」

「そういう理不尽な世界で生きてるんだよ、俺は。」


 だからしょうがないと、ノアは諦めた目をして、笑った。

 その笑みは間違いなく、ハルトの見たであろう笑みだった。

 何がしょうがないというのか。何もしょうがないことなどない。

 ハルトは頑張っている。ノアをなんとかしようと一生懸命だ。

 そんなハルトにノアは感謝していると言った。恩返しをしたいとまで。

 そんな、双子の意思がここまで報われないことなどあっていいものか。

 この双子は互いに支え合って生きているというのに、なぜそれを周りが否定しようとするのか。ダメだというのか。

 今すぐにでもその邪魔者を排除してやりたいとミヤコは思った。殺意にすら似た衝動だった。

 しかし、それを自分がしたところで、この理不尽な世界は覆ってなどくれやしない。一国の姫はその難しさを知っていた。

 自分の力ではどうしようもできない。剣を振るうわけにもいかない。姫としての権力でねじ伏せるのも違う。

 これは、そういう問題ではなかった。

 不甲斐ない、とミヤコは声にならない声で嘆いた。


「そんな世界に縛られる必要なんてないっ、間違ってるのはお前でもハルトでもない、周りなんだからっ、だから、そんな……そんな諦めた顔で笑うなっ」


 無意識に、ミヤコの嘆きは次々に溢れた。


「ミヤ、」と、ノアが慌てた風に声をかける。けれど止まらない。

「俺はっお前のそんな顔を見に来たんじゃないっ、見たくないっ、そうじゃなくて、ノアが、楽しそうに笑ってる顔が、見たくてっ……」

「…………。」

「だからっノアがもっと笑えるように、なんとかして、ノアをここから助け出せるかもって、思って……でも、無理なんだ……っ」

「…………」

「もっと軽く考えてたんだ、甘えてたんだ、そうじゃなかった、全然違ったんだっ、何も知らないまま自分ならどうにかできるなんて、思い上がりもいいとこだ……っ」

「……ミヤ、」

「バカみたいだっ……俺がノアを助けられるかもしれないなんて、」


 ――そんなはず、ないのに。