使用人にあれよあれよと男装させられ、顔を合わせる人々皆が「格好いいです!」と褒め称えてこようが、無理なものは、無理である。

 そもそも、あのクソ兄貴の代わりをやるというだけでも嫌なことこの上ないというのに、男装までさせられるとは、もはや悪意しか感じない。周りが楽しそうなことも然りだ。

 とにかく、そんな空間が面倒だったので、少しくらいいいだろう息抜きだ、という面目で(実際は誰にも国を出てくるということを伝えていないが)馬を走らせ国を出た、というわけだった。

 途中、ミヤコの護衛に見つかり追いかけられたが、それも上手く撒けたのだから問題はない。

 現在ミヤコは男装している。この格好で襲ってくる馬鹿はいないだろうし、なにより剣を持っていた。これがあれば敵なしである。



 そういういきさつの上に、ミヤコは自国と隣国を繋ぐ道を進んでいた。

 見渡す限り、草原、山、空という大自然。

 久しく自国から出ていなかったミヤコにとって、この新鮮な風景と空気はそれだけで飽きなかった。

 このまま観光がてら、隣国へと向かうのもいいかもしれない。

 幸いお金は持っているし、一日や二日くらいなら、宿屋に部屋を取れるはずだ。

 などと考えを巡らせつつ、隣国へと近づいた時だった。


「……ん?」


 ミヤコは馬を止める。前方に人影を見つけた。

 それも歩いている人影ではなく、地面に倒れ込んでいる人影だった。

 ミヤコは手綱を鳴らす。馬が声を上げて駆けだした。

 一直線に人影へと向かう。近づくにつれ、それが老人でも大人でもない、若者だとわかる。

 倒れている若者の手前までやってくると、ミヤコは馬を急停止させ、背中から飛び降りる。

 躊躇なく駆け寄って跪き、若者に声をかけた。


「おいっ!」


 返事はなく、ミヤコは若者の肩を掴んでゆすった。