近くに人の気配はない。ノア以外には誰もこの館に居ないようだった。
だから叫んだ。
「ノア! どこに居る!」
ミヤコの声が館内に響く。返事はない。
しばらく立ち止まったまま耳を澄ましていると、奥のほうでバタンッという扉の閉まる、もしくは開く音が聞こえてきた。
居た。
そちらのほうへ歩きだそうとしたミヤコは、しかし目先のドアが慌ただしく開かれたことに思わず進めようとした足を引っ込めた。
バンッ! と開かれたドアから顔を覗かせたのは、ハルトと同じ顔をした、けれど確実に違う顔の、ミヤコが最初に出会った少年だった。
「……ミヤ。」ノアは驚いた様子でミヤコの偽名を口にした。
「……よっ、ノア。」ミヤコは右手を持ち上げて見せた。
どうやら今の今まで風呂に入っていたらしいノアは、髪の毛から水が滴っている。道理で呼んでも返事がないはずだ。
風呂には入れるのか、とミヤコはホッとする。かなり酷い扱いを受けている、というわけではないようだ。
それもそうか、と思い出す。
あまり酷い扱いをしてやつれたり傷が残ったりすると、ハルトの身代わりにならないのだった。
考え過ぎだろうかとミヤコは思う。
けれどそこまで考えていても悪くはない。たった今破壊した南京錠が脳裏を過った。
「なんでミヤがここに……?」
ノアは突然の訪問者に戸惑っているようだった。
それもそのはずで、ここは城の中ではなく、森の中にある人目につかない館なのだから。
ミヤコは瞬時に考え、それからこちらを見つめて理解が追い付いていないノアに向かって、口元を緩めた。


