「こんにちは。」
奏は池田屋の暖簾をくぐった。
後ろには不機嫌丸出しの総司もいる。
奥から店主と思われる男性が出てきた。
池田屋は長州と繋がっており、よく尊皇攘夷派の志士たちが会合で使用していた。
既に例のお三方が来ているのだろう。
店主は訝しげに奏と総司を見ている。
「いらっしゃいませ。すいまへんが今日は先客が……」
「その先客に用があるんだ。申し遅れたが、私は沖田奏だ。」
名乗った途端、店主の警戒心が消えた。
余程お三方を信頼しているらしい。
「梅之助さんからお話を伺っております。どうぞ。ところで、後ろの方は……?」
奏への警戒心は消えたものの総司に対しては未だ敵意の眼差しを向けている。
「彼は私の連れです。大丈夫ですよ。手を出すなと口酸っぱく言ってありますから。」
「そうですか。」
まだ疑っているようだが、このままでは埒があかないと思ったのだろう。
お三方がいるであろう二階の奥の部屋の前まで案内された。
「梅之助さんたちはここにいらっしゃいます。くれぐれも粗相のないように、特に後ろの奴さん。」
ぬかりない店主に奏は苦笑しながら礼を言った。
店主は他に仕事があるようで足早に一階に戻っていった。
「さて入るか。」
奏は襖に手をかけ勢いよく開けた。
小気味いい音が響き、中にいた三人はびくりと肩をすくませる。
「失礼しているよ。」
「本当だよ。」
吉田が呆れたように言う。
しかし、総司を見ると刀に手をかけた。
他の二人も鯉口を切りいつでも抜刀できる体勢だ。
「話が違うが。」
高杉が地に響くような低い声で言う。
「悪い。こいつが私のことを好きで好きで好きで心配で心配で心配で、どうしても一緒に行きたいと言うから。」
「一言も言ってねぇよ。」
「でも心配してついてきてくれたのは本当でしょ。」
図星をつかれた総司は頬を赤く染め側む。
「あの沖田総司とお見受けするが。」
三人はまだ警戒している。
総司は面倒くさそうに頭をガリガリと掻いた。
「俺は今日、非番なんだ。休みの日までお前らをどうこうしようとは思わん。それに今日は斬り合いではなく話し合いなんだろう。そんなに俺に斬られるのが心配ならお前らに大小預けようか?」
総司の発言に信じられないものを見たように驚く三人。
同時に総司の奏に対する信頼の深さが窺えた。
総司は間抜け面三人衆の前に座り胡座をかいた。
刀は自らの右側に刀の刃を内側にして置いている(※)。
※室内では敵意のないことの表明に刀は自らの右側に刀の刃を内側にして置くのがマナー。こうすることで抜刀しにくい。
ちなみに有名な勝海舟と西郷隆盛の会合の絵では勝海舟が刀を左側に刃を外側に置いていて、いつでも抜刀出来るような置き方をしている。(気になった方は日本史の資料集、教科書をチェック!)
幕末らしい緊張感である。