「奏。」
物思いに耽っていた奏は再び総司に呼ばれ歩みを止めた。
「今度は何だ?方向はあっているだろう?」
「今、近藤先生方の部屋を通り過ぎた。」
「………………………」
奏の5メートルばかり後ろのある一室で総司は立ち止まっていた。
奏は無言で心なしか、まだニヤニヤと面白いものを見るような顔をしている総司に歩み寄り体当たりした。
「何すんだよ。痛いじゃねぇか。」
大して痛くもないくせに大袈裟にぶつかられた部位を擦る総司に益々腹が立つ。
「煩い!」
そんな総司を一喝し、奏は近藤がいる部屋に向き直った。
「近藤さん。沖田です。お話があるのですが。」
「……ぶふっ……入りなさい。」
先程のやり取りが聞こえたのか笑いを噛み殺したような返事が返ってくる。
近藤は悪くないとは思いつつも当たらずにはいられない。
襖を荒々しく開け奏は部屋の真ん中にどっかりと腰を下ろした。
中には近藤と土方がいて、奏の身の振る舞いにあんぐりと口を開けている。
しつこいようたが、ここは幕末。
平成では女子があぐらをかくのも珍しくない。
だが、幕末には男尊女卑が根強くあり、女子は慎ましく淑やかなものというのが一般論だ。
だから近藤と土方が驚くのも無理もない。
「こら、奏。先生の前で行儀悪い。しゃんとしろ。」
総司はそんな奏の扱い方に慣れてきたのか。
恐ろしい順応性である。
奏も渋々だが総司に従い正座した。
近藤と土方は不器用な二人の心の繋がりを垣間見た気がした。
「どうぞ。お団子とお茶です。」
奏は二人の前にすっと差し出した。
「もうすぐ夕餉なんだが……って、おい!夕餉はどうした!?お前らが料理担当だろ!!」
怒鳴る土方だがちゃっかりお団子とお茶を受け取っている。
「源さんにお願いしてきました。近藤さんと土方に用があると言ったら快く受けてくれましたよ。」
爽やかな笑みを浮かべる奏に対し土方はこめかみに蚯蚓が這っているじゃないかと思うほど見事な血管を浮き上がらせている。
「今、聞き捨てならん言葉が気がしたが気のせいか?」
「気のせいですよ、馬鹿三さん。」
「お前という奴は!!」
「あれ?気に入りませんでしたか。では鬼副長の歳三、略して鬼三なんてどうです?」
「却下だ!!」
「では、やはり豊玉さんですかね。」
シラを切ればいいものを“豊玉”に過敏に反応する土方。
「前から気になっていたが“ほうぎょく”とは何なんだ?」
不思議そうな顔をしている総司に奏はにやりと笑った。
説明しようと口を開いたが後ろから土方に塞がれた。
「宝と珍重されている石だ!」
「ふがぶがふがふがぶがふが!(そりゃ、宝石のことだろ!字が違う!)」
奏の言葉は低い背とは反対にゴツゴツした男らしい土方の大きな手に吸い込まれた。
