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「まぁ、フネさんが見立てたんだ。悪くはならねぇだろ。」
フネが見立てた反物を見た総司は開口一番、喧嘩を売っているとしか思えない。
奏は段々この男の扱いが判ってきたのか「はいはい」と流す。
早い話、沖田総司は言葉の選び方が下手くそすぎるのだ。
今だって、失敗したという表情をしている。
彼自身も上手く物を言えない自分に苛立っているようだ。
それに気づいてしまえば、この減らず口も可愛く見える。
「本当に嬉しかった!ありがとう!!」
満面の笑みで素直に礼を言う奏に総司は朱に染まった。
「おぉ……」
不覚にも可愛いと思ってしまった自分を総司は全力で殴りたい衝動に駆られる。
その心中を悟られぬよう、わざとらしく咳払いした。
「で、おいくらですか?」
「銀三十匁!」
総司は懐から銀子を出す。
フネは勘定をするために店の奥に消えた。
奏はその様子をまじまじと見ていた。
幕末好きだったから、お金に関しては少しだけ判る。
だからこそ、疑問を持った。
「ねぇ、総司。どうしてわざわざ銀三十匁出すんだ?二分金一枚で事足りるだろう。」
もしかして平成で言う小銭処理と同じ感覚?
と奏は思い巡らせる。
「関東の金遣い、関西の銀遣い。」
「はぁ?」
「上方では武家も金の産地も少ねぇから、金子が流通しねぇんだ。主に商売の取引は銀でやり取りする。」
「成程、それで『関東の金遣い、関西の銀遣い』か。」
「かと言って江戸で銀が全く遣われないというわけじゃねぇがな。」
そんな事情があったとは。
奏の心に火が灯る。
それだけでない。
総司は関東、関西と言った。
この時代はもう関東、関西が通じていたのか。
小さな火は油によって爆発した。
「そんな細かいお金の事情知らなかった!ちょっとお金持ってみてもいい!?」
奏の迫力に総司は引きながら銀子を渡した。
奪うように銀子を取った奏は子供のように目を輝かせる。
「軽い!一匁ってこんな軽いんだ!五円玉と同じくらいだな!」
「五円玉?」
「うん!私の時代のお金だよ。今みたいに金や銀じゃなくて、真鍮(黄銅…銅と亜鉛の合金)なんだ。」
「亜鉛って青銅に含まれてるヤツか。」
「博識だな、総司。そう、青銅は銅と錫(すず)の合金なんだけど、美術品や貨幣となると亜鉛を加えるんだ。」
「お前の方が余程博識だろう。」
嫌みか、と総司はジロリと奏を睨んだ。
「当たり前だろ。私の時代では皆が学校、この時代風に言うなら寺子屋に通うことが義務付けられ、学問も発達しているんだから。このくらい知ってなきゃ、今まで何してたんだって話だろ。ましてや、私は医者だ。医者が知識なくては職務が務まらんだろう。」
それに、私は貴方の方が羨ましい。
「何故?」
心の中で言ったつもりが声に出ていたらしい。
奏は苦笑した。
「だって、医術の心得や歴史ならともかく、結局こんな知識何の役にも立たない。役立ってほしい時に役に立たないって笑えるわ。この時代では私の常識は通用しない。字も読めない、お金も判らない、通じない言葉がある、刀も振るえない。」
「俺に勝ったろう。」
「あくまで道場剣法。真剣ならば、無理だ。」
奏は唇を噛み締めた。
自分で言って今更のように実感した。
壬生浪士組を助けるだの、彼らの前で豪語したにも関わらず、この時代で生きる覚悟がないことに。
ただの理想論に過ぎない薄っぺらな自分が今、この時を懸命に生きている彼らにどう映っているかと考えると恥ずかしい。
勘定をしていたフネが帰ってきた。
重い空気にやや戦きながらも流石は商人。
「急ぎと言うことで七日後に仕上げます。お手数ですが七日後にまたいらしてください。」
「承知。」
総司はそれだけ言うと奏の手をとって店をあとにした。
