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時は金なりとよく言うが、俺は暇を持て余していた。
奏が呉服店にいる間、その他彼女に必要な物、髪紐や房楊枝(昔の歯ブラシ)などを揃えた。
しかし、案外揃える物は少なく早々に用事が済んでしまった。
フネの目処はあてにならない。
フネの半時は一時であった。(最初のうちは何度戸惑ったことか……思い出すだけで頭が痛くなる。)
総司は空を見上げた。
半時、否一時には大分余裕があった。(注:太陽は江戸時代の時計の役割を果たしていました。月も同じく、日付を知る術でありました。)
「甘味でも食うか。」
どうせ自分の金ではない。
そう思い立って、行きつけの甘味屋に来たのがかなり前。
甘味屋は時間帯が時間帯なだけに多くの客で賑わっていた。
ここのみたらし団子が特に総司のお気に入りで今か今かと楽しみにしているのに忙しそうに品物を運ぶ看板娘は此方に来る気配がない。
しつこいようたが、俺は暇を持て余していた。
甘味屋に来たのは失敗だったか。
総司は腰を上げ、看板娘に話しかける。
「すみませんが、注文取り消しますね。」
「えぇ!申し訳ございません!すぐに用意致しますから!」
この店の常連であった総司を彼女は知っていた。
壬生浪士組の隊士であることも。
壬生浪士組はあまり評判が良くなかった。
また、色々な噂が飛び交い人斬りだの壬生の狼などと言われていた。
そんな壬生浪士組の隊士に粗相となればどんな報復にあうか判らない。
青ざめる娘を安心させるように優しく笑った。
「別に怒っているわけではありませんよ。ただ野暮用がありまして。それを終えたら連れとまた来ます。その時までには空いていると思いますし。」
根は気性の荒い江戸っ子だが、怯える娘の手前、怒鳴りつけるほど鬼ではない。
黙っていれば美丈夫な総司がそんな優しい言葉とともに微笑めば娘はたちまち頬を染めた。
世間一般的にこういう人を外面が良いという。
娘は見事に騙された。
「此方の都合にも関わらず有り難き御言葉。お待ちしております。」
ぺこりと頭を下げる娘に総司は軽く会釈すると時間はまだまだあったが大文字屋呉服店に向かった。
