「さて、おめぇの要望に応えてやったし、そろそろ酒飲め。」
「だから無理。」
すると総司は奏の両肩に手を置きにっこりと笑った。
奏の第六感が警鐘を鳴らす。
逃げるが勝ち。
奏は総司の手を振り払うと得意のスピード勝負で身を翻し広間を脱出しようと試みる。
が、目の前に現れた影に行く手を阻まれた。
「藤堂さん……」
「敵前逃亡なんていけないな、奏さん。」
今、武士の美学など知るか。
奏は藤堂を殴ろうと右手を振りかぶる。
しかし、それも誰かに妨げられた。
「永倉さん……」
「暴力はいけないよ。」
ふふふ、と笑う永倉は面白がっているのが明白である。
そのまま藤堂に左手も拘束され全く抵抗できなくなった。
流石に男に両手の自由を奪われれば女の奏は体格的になす術はない。
そのまま総司のところまで連れ戻される。
「なぁ、奏。人というのは常に壁にぶつかり、それを越えていくことで成長していくもんだ。」
「いや、なんか良い事言ったみたいな顔してるけど勘違い甚だしいぞ。」
奏の文句を無視して総司は杯になみなみに酒を注ぐ。
「さぁ、神妙にしろ。」
「もうしてるよ。」
奏は諦めたように溜め息をついた。
どう裏返っても、この状況は脱げ出せないと悟ったらしい。
「藤堂さん、永倉さん。離してくれ。逃げないから。このままじゃ飲めないだろう。」
奏の言葉に「おぉっ!」と歓声が上がる。
いつの間にか潰れていた連中も起き上がり、こちらに興味津々だ。
「別に飲んだことがないわけじゃないんだ。十六の時、夕餉で父親の酒を水と間違えて飲んだことがある。その後の記憶がプツリと途切れていてな、翌朝家族に問いただしたら、苦笑いするだけで、『二度と酒は飲むな。』と言われた。」
「一体何があったんだ。」
「知らん。取り敢えず私は忠告したからな。後の事は頼んだ。」
そう言うと奏は酒を一気に煽った。
