自分の病室に戻るとお手伝いさんの山本さんがいた。
「冬夜坊ちゃま!どこにいらしたんですか!さがしたんですよ!?」
山本さんは深く刻まれたしわをもっと深くして僕の前に立ちはだかった。
「ごめんなさい。山本さん。今日は体調が好いから動きたかったんだ。」
僕が素直に謝ると山本さんはいつもの優しい顔に戻って微笑んだ。
「そうですか。体調がよかったんですか。それは本当に良いことです、坊ちゃま。」
山本さんは看護婦と入れ替わるように僕の車椅子をベッドまで押してくれた。
本当は体調が好い日は車椅子なんか使わなくても歩けるんだけど、心配性な山本さんは僕が倒れたら大変だと言って、車椅子に乗るように説得された。
僕は点滴を気にしながらベッドに入った。
看護婦さんはテキパキと血圧計やら心拍数を計る機械やらを用意している。
僕はほっとした顔で目を閉じ十字架のネックレスを握りしめ祈りを捧げる山本さんを見た。
山本さんはキリシタンだ。
僕が検査をする度、山本さんは神に祈りを捧げる。
いつものコトだか心配性すぎると思う。
山本さんは僕が生まれてからずっと世話を焼いてくれている母親がわりのような人だ。
体はガリガリで、もう身体が言うことをきかなくなるぐらいの歳なのにピンピンしている。
歳なのだからもうやめてもいいのだと言っても僕が心配だといって聞こうとしない。
僕の世話だけじゃなく、家の家事から旅館の仕事まで何でもこなす山本さんの腰は歳のわりに曲がってしまっている。
以前、一度だけつらそうにしていたときにさすってあげると
「ありがとうございます、ありがとうございます…坊ちゃま…坊ちゃま…。」
と言って涙を流していた。