誰かの目を気にせずに食事が出来るだけでもソウォンにとっては特別なこと。
ゆっくりと食べたいものに箸を伸ばすことが出来るのも有難い。
王宮では、尚宮が取り分けてくれるのを口に運ぶだけ。
好きなものを沢山食べることは、毒を盛られたり好みを他者に教える行為で、自らの命を危険に晒すと教わった。
けれど、自由奔放に育ったソウォンにとって、食事一つ取っても自由を奪われ、苦痛でしかない。
だからこそ、ヘスはソウォンを王宮の外に連れ出したかったのだ。
食事が終わると、大満月を楽しむように月見をする二人。
中庭に設けられた東屋で酒を楽しむヘスの横で、ソウォンは久々に奚琴(擦弦楽器)を奏でる。
漢陽でも一、ニを誇る美貌と謳われたソウォンの実母は、奚琴の名手でもあり、その琴音を聴くために実家の胡家の周りには、夜になると人々が集まったと言われるほどだ。
その母直伝の琴音に、ヘスもうっとりと酔いしれる
王と王妃と違い、世子と世子嬪は同じ建物の中で暮らしている。
とはいえ、部屋は別々であり、常に女官や内官や尚宮の目が張り巡らされている。
逢おうと思えばすぐ傍にいるのに、中々逢えない。
それこそ、大声で叫べはすぐに届く距離にいるというのに。
だからこそ、心労が溜まる一方。
執務の合間に顔を垣間見ることはあっても、自由に手を取ることさえ許されない。
それなのに、世継ぎを急かされる有り様。
無理難題というもの。
飽きるほどに毎夜抱けるのなら、世継ぎなどとうに授かっている。
ヘスは杯に浮かぶ月を眺め、今宵の音色はどれほど美しく奏でてくれるのだろうかと胸を膨らませた。



