Special Edition


***

「どこか行きたい所、ある?」
「………特には」

急に聞かれても困る。

「適当に走らせるな」
「……はい」

22時過ぎ。
初夏の風が心地よく感じる季節。

郁さんは愛車を発進させ、程なくして高速道路に入った。
暫くして、1年半ほど前までは毎日のように見ていたあの景色を横切り、360度海に囲まれた場所に到着した。

海風が気持ちいいくらいに肌を撫でる。
すっかり伸びた髪が海風に靡いて、その髪を手で押さえると。

「彩葉」
「……はい」

少し低めで心地いい声音が耳元に届いた。
優しい指先が靡く髪を撫でる。
そして、その指先が肩に止まり、彼の胸へと抱き寄せられた。

幸せの時間。
毎日こうしていたい。
彼は肉食でも草食でもないタイプ。
いわゆる雑食タイプなんだろう。

そんな彼が優しくもあり、危険な香りを纏う時もあって。
私はいつでもドキドキしてしまう。
何が起きるのか分からな過ぎて。

東京湾のど真ん中にある海ほたる。
ほんの少し湿度を含んだ初夏の風に煽られながら、彼の言葉を待ってるのに。
何故か、一向に次の言葉が出てこない。

えっ、プロポーズはどうしたの?
まさか、忘れたんじゃないよね?
あ、もしかして、そんな気分じゃないとか?

彼の考えてることは複雑すぎて、たまに分からなくなる。

固唾をのんで見守ってるけど、それらしい気配すらない。
猪突猛進型の私にとって、出口を塞がれてしまうと、どこに進んでいいのか困り果てる。

「何、どうした?」

それはこっちのセリフです、郁さん。
この雰囲気で分かりませんか?