自宅の玄関ドアを開けると、中に明かりが灯っている。
親か、家政婦か、彩葉か。
「お帰りなさい」
「来てたんだ。連絡してくれればいいのに」
「驚かせたくて」
明かりの犯人は彼女らしい。
ダイニングテーブルの上には夕食まで用意してある。
料理が苦手な彼女が、俺のために半年前から料理教室に通っている。
手術で疲れてるだろうに……。
「あ、もしかして食べて来ました?」
「いや」
「良かったぁ」
リビングでパソコンをしていた彼女は、キッチンへと向かった。
汁物を温め直すらしい。
四年前に諦めた、夢のような日常。
二度と味わうことはないと思っていたのに。
彼女と出会わなかったら、俺の人生は全く別の世界だったはず。
色を失い、潤いも感じず、幸せが何なのかすら忘れてしまうほどに。
「んっ?!……何?」
「ありがとう」
「何が?」
「全部」
「………浮気でもしたの?」
「あ?」
「何か、変だよ?」
「どこが」
久しぶりに彼女を抱き締めた。
背後から包み込むようにすると、必然的に彼女の髪の香りが鼻腔を擽る。
俺の好きな香りだ。
「来月頭くらいに連休取れそう?」
「何日くらい?」
「出来れば三日は欲しいけど、無理なら二日」
「また旅行?」
「旅行じゃないけど、旅行も兼ねて出来れば尚有難いかな」
「………多分取れると思うけど」
彼女はスイッチを切り、鍋の蓋を閉めた。
「どこ行くの?」
「名古屋」
「え?」



