「……っ」
そうと決まったわけじゃないのに、自分の想像に動揺して、一瞬息を呑んでしまった。
そして思わず一歩、ドアから離れる。
……ギシッ、と、私の足元が鳴った。
うわっ…!
「……誰?」
中から、怪訝そうな京佑くんの低い声が聞こえた。
そうですよね、中の音が私に聞こえるんだから、中にだって私が軋ませてしまった音は筒抜けですよね…。
私は、身動きができなかった。
どうしたらいいのか分からなくて。
部屋に戻るべき?
……いや、ドアの音や足音で気がつくだろう。
さっきまでは気にしていなかっただろうけど、今は廊下の音に集中してるだろうから。
かといって、このまま通り過ぎてトイレに向かうわけにもいかないし。
ぐるぐると思考が回ってどうしたらいいのか混乱し始めた時、キィ、と音を立てて目の前のドアが開けられた。
パチッ、と音がして、廊下の電気が付けられる。
「……岬さん」
「あ、あの」
ドアを開けて出てきたのはもちろん京佑くんだった。
少し乱れた髪。
嘉乃と同じように寝巻は浴衣で、やけに衿(えり)元が開いている。
「……こんな時間にどうしたの?」
さっき話した時より低くて、どこか怒っているような声だった。
「あ、あの、私はお手洗いに行こうと思っただけなんだけど、」
「トイレならそこの突き当たりだよ?」
京佑くんは私の言葉を遮って言った。
……やっぱり、なんだか怒ってる?
「あ、うん…、ありがとう」
本当は、ドアが開いてたよ、って言おうと思ったんだけど、もう余計なことは言わない方がいいのかもしれない。
そう思って、さっさとその場を辞そうとした。
「……ねえ、待って。……岬さん、聞いてたよね?」
しかし、そんな京佑くんの言葉に、私の希望は叶わなくなる。
「聞いてたって、何を?」
私は本日2度目の知らないふりを敢行した。


