「何だ。用があるなら言葉を出せ」



 アスカルは不機嫌そうにそう呟いて水を一口だけ飲んだ。



「コーヒーはブラックで飲むのか?」


「あぁ、いつもそうだ」



 さっきの男を殺した理由は教えてくれない癖に、コーヒーの飲み方は教えてくれるのか。変な男だ。と、思っている間に店内にコーヒーの良い香りが漂って来た。オムライスは後回しにされているようだ。コーヒーの方が早く出来るから普通なのだろうか。



「ケチャップ」



 アスカルは突然、そう言った。



「それが?」


「お前はケチャップをかけない」


「……そう」



 ――だった、だろうか。



「お待たせ」


「あぁ、どうも」



 店主がブラックコーヒーをアスカルの前に置いた。彼の行きつけなだけあって店主はアスカルの好みを良く覚えている。砂糖もミルクもつけていない。正真正銘のブラック。苦そうだが、香りだけはとても良い。

 俺はあのコーヒーに砂糖もミルクも入れたい。


 去っていく店主、アスカルは熱々のコーヒーを口に含んだ。香りと味を楽しむようにひと時の間、彼は目を閉じる――多分。本当の所は暗くてよく分からない。同じテーブルに座っているとは言っても、至近距離に居るわけではないから細部は見えないのだ。


 ジュワー、とタマゴを焼く音が聞こえてきた。いつの間に中のライスは仕上がったのだろうか。オムライスは巻いてあるのだろうか、それともタマゴがかぶせてあるだけだろうか。

 あぁ、腹が減った。

 料理の音だけが俺の耳に届く。見えない訳じゃないが、やはり暗いのだ。店主の手元はよく分からない。だが静かに、店主が近寄って来るのは分かる。コーヒーの香りに紛れてオムライスの香りが俺の鼻まで届いて来た。



「オムライス、お待たせ」



 皿が目の前に置かれた。薄い紙に包まれたスプーンはその横に添える様に置かれる。そして店主は去っていった。



「ケチャップ」



 忘れたのか。それとも中がケチャップライスなのか。



「お前はかけないだろう」


「どうして」


「……かけるなら、貰えば良い」


「別にかけたい訳じゃないけど」


「なら黙って食え」



 オムライスの中身はケチャップライスではなかった。だけど美味い。待ち望んでいたからか、それとも料理人の腕が良いのか。とにかく美味しい。これなら他のメニューも美味いかも知れない。

 がつがつと食べる訳ではないけれど、俺は割りと早いペースでオムライスを平らげた。白い皿が見えてくる。タマゴの黄色は消えた。俺の腹に。そしてコーヒーの黒も、アスカルの腹に消えた。