いつからやっているかは知らないが、人を殺す事が俺の仕事らしい。物心付いた時には目の前を歩く男――アスカル――が俺の傍に居ていつも俺に命令していた。

誰かを殺せ、と。

 だが彼が人を殺めている姿は見た事がない。昔、俺は組織の重鎮だ、と彼は自分の事を俺に紹介していた。だからきっと俺は捨て駒要員で、人殺しの罪を被る為だけの存在なのだと自負している。警察やら一般人やらに事が露見した時、捕まるのは俺だけなのだ。

 組織が何を目的としているかは知らないが、実際に殺しをしているのは俺だけなのだから、俺は明らかに、組織の捨て駒なのである。



「次は二時間後に地下鉄だ」



 通話を終えたアスカルは振り返らずに俺にそう告げた。次の仕事は二時間後と言う事だろう。彼はいつも俺に時間と大雑把な場所だけを教えてくれる。俺が仕事をする時はいつもアスカルが一緒に来るから別に教えてもらわなくても良いのだけれど。



「じゃあ二時間は自由行動?」


「飯を食え」


「二時間かけて?」


「そうだ。ゆっくり噛めば二時間経つだろうが」


「……それはちょっと」


「冗談だ馬鹿者。ここで時間を潰せ」



 アスカルはそう言って俺に一枚の紙を投げた。ひらひらと落ちる紙を取ろうとしたけれど、予測不能な動きにたじろいでしまって、結局俺は地面に落ちた紙を拾い上げた。

 路地の汚さが紙に付く。



「メイド、イン、アメリカ」



 紙には雑な字でそう書いてあった。



「喫茶店だ。先に行ってろ」


「アスカルも来るのか」


「そこは俺の行きつけだぞ。何度言わせるんだお前は」



 何度も言わせた覚えはないが、喫茶店なら飯も食べられるはずだ。俺はアスカルに返事をしようと思ったが、彼は二本目の通話を始めてしまった様だから返事は不要なのだと理解した。

 俺はアスカルにさよならも言わずに一本違えた道を歩き始める。


 碁盤の目なんて言われる京都でも、カーブが多いと言われる大阪でも道の作りは何となく同じなんだと最近気付いた。一本入れば本道理、二本入れば裏道である。

 通りの名前や市町の名前を覚えるのは大変だけれど、俺の覚え方なら簡単だ。スタート地点にもよるけれど、横道と言うのは基本裏通りであるし、それは本通りを一本逸れているから二本目になる。多分、そういうことだ。

 だから俺は今路地を一本違えた道、本通を歩いている事になる。俺の覚え方は当たっている。道を歩く人数は格段に増えたし、明るい日差しはこの道を照らしている。先ほどの道は人っ子一人歩いていなかったし、太陽光は届かなくて日陰ばかりであった。


 俺はその本通りでメイドインアメリカと言う名前の喫茶店を探した。アスカルのよく行く店。どんな店なのだろうか……あぁ、あった。落ち着きすぎた外観はまるで閉店しているかの様な印象だ。