涙と、残り香を抱きしめて…【完】


まるで成宮さんの魔法に掛ってしまった様に
素直に顔を上げ、瞼を閉じいてた。


でも、お互いの唇が触れる寸前
彼が囁いた一言で
その魔法は一気に解け現実に引き戻される…


私が何より欲しかった言葉
8年間待ち続けた言葉


「愛してる…」


違う…


違う…違う…


ソノ言葉を言って欲しいのは
成宮さんじゃない。


私が聞きたいのは…


仁…あなたの声


「ヤっ…!!」


力一杯、成宮さんの体を付き飛ばし
背を向ける。


「星良…」

「ごめんなさい…やっぱり、無理…」


背中越しに彼のため息が聞こえ
数秒の沈黙の後
成宮さんの力無い声がバスルームに響いた。


「不倫相手が…そんなに好きなのか?」


私は振り返る事なく
コクリと頷く。


「…分かったよ。悪かった。
もう何もしないから…
安心しろ」


気まずい空気が流れ
彼の顔を見る事が出来ないでいると
玄関のチャイムがけたたましく鳴り響いた。


何度も連打されるチャイムと
激しく扉を叩く音に思わず振り返ると
成宮さんが眉をしかめ
恨めしそうに玄関の方向に眼をやる。


「あの人だな…」


私と成宮さんは、おそらく同じ人を想像してたと思う。


立ちあがった成宮さんが
濡れたスーツを気にしながらボソッと言った。


「さて、保護者さんに挨拶してくるか…」