涙と、残り香を抱きしめて…【完】


翌日、午前9時
約束通り明日香さんが社用車で迎えに来てくれた。


昨夜、一杯泣いたせいか、今朝は自分でも驚くほど気持ちは落ち着いていた。


しかし、空はどんよりとした曇り。
このまま雨が降らない事を祈りながら車に乗る。


「リハーサルは夕方だけど、打ち合わせもあるだろうし忙しい1日になりそうだね」


珍しく緊張した面持ちの明日香さん。


「そうだね。他のモデルさんもお昼には到着する予定だし、迷惑掛けない様に頑張らなくっちゃ…」

「大丈夫。星良ちゃんには私が付いてるから!!」

「えぇ。頼りにしてるね」


久しぶりに頬が緩む。
そうだった。笑顔を忘れちゃいけないんだ。


式場に到着すると意識して笑顔を作り、スタッフの人達と挨拶を交わしながら明日香さんとホールに向かう。


「島津さん、おはよう!!」


ホールの玄関で待っててくれたのは工藤さん。声は明るかったが、彼女も少し緊張している様に見えた。


「来て早々に悪いんだけど、ショーのプログラムに変更があってね。マダム凛子から説明があると思うから一緒に来てくれる?」

「あ、はい」


そんな…今になって変更?
なんか、ヤだなぁ…


取り合えず明日香さんとはロビーで別れ工藤さんに案内してもらって2階に行くと、廊下の両側には幾つものドアがあり、まるでホテルの様な造りになっていた。


「2階はね、ここで結婚式を挙げる新郎新婦や親族の為の宿泊施設になってるの。
私達スタッフもここに宿泊させてもらってるのよ」

「そうだったんですか…」

「高級ホテル並みの本格的な部屋よ。
島津さんもショーの結婚式が終わったらスイートに泊まれば?
素敵な初夜になるかもよ」


冗談ぽく笑う工藤さんに悟られない様に必死で笑顔を作り「考えておきます…」とだけ答えると、一番奥の部屋のドアの前で彼女が立ち止った。


「ここがマダム凛子の部屋よ」