冷たく響く自分の足音を聞きながら部屋へと向かう。
バックから部屋の鍵を取り出した時、無意識に私の視線は2つの扉に移っていた。
仁の部屋の扉と、成宮さんの部屋の扉。
私が愛した2人は、もう私の手の届かない所に行ってしまったんだ…
改めてそう思いながら部屋の扉を開け静まり返った部屋に入ると、独りぼっちになった寂しさを実感し、体の中から何かが抜け落ちてしまった様な喪失感で一杯になる。
そんな私が辛うじて冷静でいられるのは、ショーを成功させなければ…という強い思いがあるからなのかもしれない。
でも、ショーが終わったら、私はどうなってしまうんだろう…
また平凡な日常に戻り、会社とマンションの往復の日々が待っているだけ。
ブライダル事業部が解散になれば、またコールセンターで苦情処理か…
それだけじゃない。
また成宮さんと顔を合わせる事になるだろうし、今まで当たり前の様に側に居た仁はマダム凛子とパリに行ってしまう。
私がピンク・マーベルで頑張ってこれたのは、仁が居たからだ。
仁に認めて欲しくて、仁に褒めてもらいたくて、がむしゃらに仕事に打ち込んできた。
その仁が居なくなったら、これから私は何を心の支えに仕事をすればいいんだろう。
「意味ないよ…。仁が居ないピンク・マーベルなんて、意味がない…」
ねぇ、仁…
ピンク・マーベルには、仁との思い出が多過ぎるよ。
そんな中に居たら、私はいつまでたっても仁を忘れられないよ。
どうしていいか分からず、大きなため息を付きソファーの上で膝を抱えた時だった。不意に思い出されたあの言葉。
『桐子のモデルスクールを、引き継いでくれないだろうか…』
あ…
香山さんにソレを言われた時は、仁と離れたくなくて断るつもりでいたけど、今の私には救いの言葉に思え微かな希望の光が見えた様な気がした。
仁を忘れるには、それが一番いいのかもしれない。
ピンク・マーベルを辞め全てをリセットし、大好きなモデルとして生きていけたら…
そうすれば…
仁を忘れられるかもしれない。



