涙と、残り香を抱きしめて…【完】


知らなかった。
仁が飛行機嫌いって事も、留学を断ったって事も…


私の知らない仁を、マダム凛子は知っている。


でも、そんな事より一番ショックだったのは、仁が本当にパリに行くって事…
あの話しは本当だったんだ。


仁がパリに行く決心をしたのは、マダム凛子の為だよね。
また昔の様に彼女の支えになる事を選んだ…


仁の中にはずっとマダム凛子が居て、桐子先生が香山さんを想い続けていた様に、仁もまた、マダム凛子を想い続けていたのかもしれない。


2人が付き合っていた頃、仁とマダム凛子との間には、お互いを思いやる優しい気持ちがあった。
だからこそ、マダム凛子は自分のデザインしていない作品が自分のモノとして世に出た事で罪の意識に苛まれ、悩み苦しんだ。


仁だって、本当は辛かったんだよね。
マダム凛子が世間に注目され活躍する姿を見て複雑な気持ちだったに違いない。
なのに献身的にマダム凛子を支えてきた。


それが出来たのは、そこに"愛"があったから…


マダム凛子の裏切りで別れた2人だけど、その"愛"は消えていなかったのかもしれない。


自分達でも気付かぬ心の深い場所で"愛"は生き続けていたんだ…


だから時を経て再会した瞬間、その眠っていた"愛"が眼を覚まし、求め合ったとしてもなんら不思議じゃない。


それはもう、運命…
逆らう事など出来ない定め。


2人がそうなる事は、初めから決まっていたのかもしれないね。


私と過ごした8年間も、再び2人が出逢うまでの通過点に過ぎなかったとしたら…


「…明日香さん、行こう…」

「えっ?」

「もう分かったから…行こう」

「ちょ、ちょっと…星良ちゃん…」


戸惑う明日香さんを残し、私はゆっくり歩き出す。すると、追い付いてきた明日香さんが「このままでいいの?」と私の腕を取る。


「いいも悪いも…明日香さんだって、マダム凛子と桐子先生の会話を聞いたでしょ?
仁はマダム凛子とパリに行くのよ…」