涙と、残り香を抱きしめて…【完】


病院に到着すると、ファンだった桐子先生に会いたいと言う明日香さんも一緒に病室に向かう。


「サインとかお願いしてもいいかな?」なんて、まるで子供みたいにはしゃいでるミーハーな明日香さん。


病室のある8階でエレベータ降りてナースステーションの前を通り過ぎ、デイルームの前にさし掛った時だった…


「…別れたわ」


その聞き覚えのある声がした瞬間、思わず足が止まった。


それは明日香さんの耳にも届いていた様で、彼女も立ち止まり私を見て小さく頷く。


「この声…」

「うん。マダム凛子だよね?」


お互い眼で合図しながら壁に体を押し付け、ソッと声のした方向を覗き見ると、窓際のテーブルに向かい合って座っているマダム凛子と桐子先生の姿を見つけた。


「先客が居たようね…」


明日香さんがため息交じりに小声でそう言うと、桐子先生が話し出した。


「そう…別れたの…まぁ、仕方無いわね。
でも、寂しくない?」


別れた?マダム凛子は誰と別れたの?
もしかして、あのピエールって人?


「そうね…寂しくないって言ったら嘘になるかも…
でも、後悔はしてないわ。

私には、もっと好きな人が居るから…
今回のショーで彼と一緒に仕事して分かったのよ。
私に必要なのは誰かって事が…」


今回のショーで一緒に仕事した人?
それって…仁?


「なるほどね…凛子もやっと、自分にとって誰が一番大切なのか分かったって事か…」

「えぇ」


嬉しそうに微笑むマダム凛子の顔を、私は睨み付ける様に凝視する。


「ショーが終われば凛子はパリね。
会えなくなるのは寂しいわ…」

「そうね…私も桐ちゃんに会えなくなるのは寂しいわ」

「でも…驚いたわよー
あの飛行機嫌いの仁君がパリに行く事を承諾するなんて…

大学生の時、成績優秀で留学生に選ばれたのに、飛行機に乗りたくないってだけの理由で断ったんでしょ?」


えっ…


「ふふふ…そうね。私も断られると思ったんだけど…
でも今回は、その時とは違うわ。

好きな女と一緒ですもの。仁も覚悟を決めたんでしょ。
愛の力は凄いのよ!!」