桐子先生の眼から大粒の涙が零れ落ち、私も堪え切れず涙が溢れ出す。


「そして、私達が再会出来たのは、娘さんが友人に頼み引き合わせてくれたと知らされた。

彼女の気持ちが嬉しくて、私は香山に気持ちを伝え再び付き合いだし結婚が決まったんだけど、今度は私の病気が発覚した。

結婚は無理だと思ったわ。
奥さんを看病して亡くした人に、また同じ思いをさせてしまうかもしれない。
もう彼に、そんな思いをさせたくない。

そんな時、娘さんが自分の結婚式に出て欲しいと言ってきたの」

「結婚式にですか?」


意外な展開に、思わず桐子先生の顔をマジマジと見つめてしまった。


「断り切れなくて仕方なく出席したんだけど、娘さんったら、両親への感謝の言葉の後に、私に向かって言ったのよ。

『桐子さん、長い間、辛い想いをさせてしまってごめんなさい。

でも今は、父には幸せになって欲しいと思ってます。
本当に好きな人と幸せになって欲しい…

私に出来る親孝行は、あなたにお願いする事くらいです。
どうか我がままで自分勝手だった愚かな娘の願いを叶えて下さい。

父を幸せにしてあげて下さい。
お願いします』って…

そして最後に『父の料理は世界一です。一緒に食べてあげて下さい』なんて言って、何度も頭を下げてた。

父親の愛人だった、この世で一番憎い私に向かって、何度も…何度も…」

「それで、香山さんとの結婚を決めたんですね」

「えぇ。でも結局、籍を入れたのは最近。半年前なんだけどね…
でも、その時、思ったのよ…
辛かったのは、私一人じゃなかったんだって…

香山も、娘さんも、そして奥さんも…皆辛かったのよね。
香山と別れた時は、自分だけが不幸なんだと思い込み憎しみで一杯だったけど、それは間違いだった」

「あ…」


桐子先生の言葉が、私の心の一番深いところで大きく響いた。


辛いのは、自分だけじゃない…


もし、成宮さんと安奈さんが本気で愛し合っていたら…


周りから見れば非常識な事をしてる2人かもしれないけど、純粋に相手を想い悩み苦しんでいるのかもしれない。


一つの傘で体を寄せ合い歩く2人の後姿を思い浮かべ、そんな事を考えてみる。


もし、本気なら
こんなに辛い事はないよね…


好きな人を諦める辛さは、誰より私が分かってるつもりだ。


人を好きになるのに理由なんて無いんだから…