一瞬、そう思ったけど、すぐにソレを否定した。
驚いただけよ。仁に触れられたくらいで、こんなに動揺するなんて…ありえない…
気を落ち着かせようと深呼吸をする私に、今度はゆっくり車を発進させた仁が言う。
「…離婚したよ」
「えっ?」
さっきとは比べものにならないほど、心臓が大きくドクンと跳ねた。
「そう…離婚したんだ…。
じゃあ、専務もそろそろ結婚ね」
「…まぁ、その内な…」
「その内?そんな事言ってたら、安奈さんに愛想尽かされるわよ」
「…そうかな?」
「そうよ。もうなんの障害も無いんだから、早く結婚すればいいのに…」
必死で笑顔を作ってる自分がいた。
仁の事なんて、もうどうでもいいのに…
誰と結婚しようが、関係無いのに…
車窓から見える景色が徐々に見慣れた街へと変わっていくにつれ、さっきまで自然に包まれ清々しかった気持ちが、どんより沈んでいくのがハッキリ分かった。
それは都会の喧騒の中に戻って来たからなんだ。と、自分に言い聞かせてみるが、全く説得力がない事に笑えてしまう。
そして、やっと車が会社の駐車場に到着し、ホッとしてドアを開けようとした私に、仁がとても穏やかな優しい眼をして言ったんだ…
「…幸せに…なるんだぞ。星良…」
「あっ…」
「お前の花嫁姿…楽しみにしてるよ」
それだけ言うと、仁は足音を響かせながら駐車場の出入り口に向かって歩き出し、私は言葉も無く、ただその後ろ姿を見送るしかなかった。
「…仁」
ドアが閉まった途端、なぜか溢れ出す涙。
ほんのり香ったのは、大好きだった仁の香り。
それが堪らなく切なかった…



