そんなはずは…
私の聞き間違いに決まってる。
そう自分に言い聞かさせていたが、マスターの次の一言でそれが間違いでは無かったんだと確信させられた。
「随分、ご無沙汰でしたね。仁さん」
やっぱり、仁だ…
「あぁ、色々、忙しくてね」
「半年ぶり…ですよ」
「半年?…もうそんなに経つのか…」
懐かしそうに話す仁の声を聞きながら、私は同伴の女性の事が気になっていた。
安奈さんじゃなさそう…
じゃあ、誰?
マスターがカウンターに戻って行くと、BGMが落ち着いたスローバラードに変わり、隣の会話が聞こえてきた。
「仁と飲むのなんて、いつ以来かしら?」
「さあな…記憶にないなぁ…」
「もう!!冷たい言い方ね」
「よく言うよ。凛子も忘れてるんだろ?」
凛子…?凛子ですって?
その声の主は、今朝、私が会ったマダム凛子の声にそっくりだった。
ピンク・マーベルの専務の仁と、デザイナーのマダム凛子…
仕事の打ち合わせと称して飲む事はあるだろう。
でも、この親しげな会話は?
どう考えても、2人が以前からの知り合いとしか思えない。
「まさか仁とこうやって仕事する事になるとはね。
なんだか、大学時代に戻ったみたい」
「そうだな。
でもな、あの頃の凛子は、もっと素直で可愛かったぞ」
「あら?それはお互い様でしょ?」
大学時代って…そんな昔からの知り合いだったの?
「ねぇ、卒業制作で仁と共同で作ったドレス覚えてる?
あれ、今も持ってるのよ」
「ほぉ~。とっくに捨てられたと思ってたよ」
「…酷い事言うのね…
捨てられる訳ないじゃない。
大切な人との思い出の品を…」
大切な…人…



