涙と、残り香を抱きしめて…【完】


なぜ?なぜ?
どうして私と仁はキスしてるの?


仁が好きなのは私じゃないのに…
あんなに冷たく私を切ったじゃない。
なのに…なぜ?


次から次へと疑問が溢れ出す。けど、体はまるで別の生き物みたいに仁を求めていた。


強引に侵入してきた舌を拒む事は出来ず、気付けば彼の舌を追いかけ息を継ぐのも忘れ夢中で唇を重ねている。


荒い息遣いと、唇が触れるたび響く甘い音が私の気持ちを高ぶらさせていく…


「んんっ…」


ソファーに押し倒されても激しいキスは止まらず、きっとこのまま抱かれるのだろうと思い始めた時だった…


仁の体が…離れていく…


「仁?」


私を見下ろす仁は、既にいつもの冷静な眼差しに戻っていた。


「…限界だ…」

「げん…かい?」


…限界って、どういう事?


仁が言った"限界"という言葉の意味を、私は必死で考えていた。
これ以上は無理…
私を抱く気になれない…
そういう事なの?


火照った体が一気に冷めていく…


なんの為のキスだったの?
その気もないのに、なぜキスなんてしたのよ?


立ち上がった仁の背中を複雑な気持ちで見つめる。


「悪かった…帰るよ」

「…そう」


激しく動揺する心を仁に悟られたくなかった。
だから、まるで何事も無かった様に平然とそう答えたんだ。


本当は泣き叫び、仁に縋りつきたかったのに、ちっぽけなプライドのお陰で辛うじて冷静な大人を装って居られた。


でも、この体の震えを止める事までは…出来ない。


小刻みに震える体を抱きしめリビングを出て行こうとしてる仁の背中を見つめていると、ドアに手を掛けた仁が立ち止り、振り返った。


一瞬、何を言われるのかと身構える。


もしかして、さっき私が言った事の答え?


でも、彼の口から出た言葉は…


「月曜に出社したら、朝一で社長室に行くんだ」だった。