涙と、残り香を抱きしめて…【完】


安奈がお勧めと言ったイタリアンの店は、落ち着いた雰囲気のなかなかいい店だった。


安奈が旨そうにデザートの苺ジェラードを食べている姿を、俺は複雑な心境で見つめていたんだ…


実は、俺と安奈はエレベーター前で出逢ったのが初めてじゃなかった。
俺が初めて安奈と会ったのは、5年前
安奈が14歳の中学生の頃
ツインテールがよく似合う可愛い少女だった。


それが今では、水沢専務を惑わすほどの大人の女になったってワケか…


「でも、安奈ちゃんが突然、訊ねて来た時は驚いたよ。
俺があそこに住んでるって、よく分かったな」

「あぁ…あれね。
前の日の夜…確か、イブの日だったなぁ~
マンションに帰って来たら、丁度、蒼君と星良さんがエレベーター待ちしてたのよ。

蒼君達が何階で降りるか確認して驚いたわ。仁君の部屋と同じ階だったんだもん。

仁君に同じフロアに住んでるのは、東京から来たデザイナーだって聞いてたから、まさかと思って表札を確かめたら、間違いなく"成宮蒼"だったってワケ!!」

「なるほどな…」


星良を初めて抱いた次の日の朝、玄関のチャイムが鳴り星良だと思って扉を開けた先に居たのは、星良ではなく安奈だった。


そして、5年ぶりに会ったにも関わらず、挨拶もそこそこに星良と付き合っているのかと聞いてきた。


俺が認めると、安奈は星良と絶対に別れないでくれと言ってきたんだ。
当然、別れる気など無かった俺は、迷う事無くその言葉に頷いたんだが、今思えば変な話しだよな…


で、もう一つ。
最近、このマンションに引っ越してきたんだが、ここに住んでる事は秘密にしてるから、マンションの住民の前では俺と知り合いだという事を秘密にして欲しいと頼んできた。


理由は、自分の素性を知られたくないから…
それは安奈を知る俺にとって、十分、納得出来る理由だった。


だから俺達は、星良と水沢専務の前では初対面を装ったが、まさか安奈と水沢専務が付き合っていたとは…
という事は、水沢専務にも本当の事を話してないのか…


「それより蒼君、あの約束…絶対、守ってよね」

「…星良の事か?」

「そう…。あの人を仁君に近づけたくないの」

「安奈ちゃん…もしかして…星良と水沢専務の事、知ってたのか?」


すると安奈は大きく眼を見開き「蒼君も知ってたの?」と驚いた表情を見せる。


「ついさっき聞いたよ。あの2人の関係を…」

「ついさっき?そうだったんだ…
さぞかしショックだったでしょうね?」

「そんな事はない。過去の事だからな…」


すると安奈は険しい表情で呟く。


「ホントに…過去の事かな?」