メルヘン侍、時雨れて候

「まだだ、まだ負けてねぇ」

自分の袖で畳の床をゴシゴシと拭いた後に、ゆっくりと立ち上がった。

「なぜ立ちあがる?」

ご隠居は攻撃の手を休めない。それはメルヘン侍の何度でも立ち上がる姿が怖かったからだろうか。

倒れる度にメルヘン侍を何度も踏みつけた。

倒れても、倒れても、ご隠居の足にしがみついては、また立ち上がる。

「まだだ。まだ。まけてねぇ」

うつろな目でご隠居の足に何度もしがみつく、それを簡単に足で払いのけられる。

「負けとるよ、みっともない。わしは無傷じゃないか わしの勝ちじゃよ! 見苦しいぞ!」

「かってねぇし!

かってもねぇし、まけてもいねぇ、人生なんてものは産まれて死ぬだけなんだろう?

お互いまだ途中じゃないか」

ご隠居の攻撃が止まった。

「かちたいねぇ、かってみたい。あっとうてきなチカラがほしい、けっかがほしいねぇ」


うつろな瞳でゆらゆらと、ご隠居に近づいていく。

「しまいには、欲しがることをやめてしまいそうさ

おおきく望むからおおきくへこむ、そんなのつらいだけじゃないか

ありのままで、このままで

今のままでいいじゃないか

そう思えば、とても楽になれたんだ。だけど


理想ばかり大きくて、馬鹿なくせにプライドばかり高い。望まなければ楽になれるのかといえば、そうでもなかった。

おしつぶされそうですよ。たいしたことは何もしてねぇのにな。なにもなしとげてないのに、しなけりゃしないで、

してぇ、してと、ばかり思う。

ぼくはね、

さむらいになるのをやめてるんです。

むいてねぇと思ったからやめたことになんも未練はねぇ。

だけど、むいてると思ってはじめたことを、ハイそうですかとやめるわけにはいかねぇんですよ。

ここでやめちまうとぼくは、ぼくは、何者にもなれない。これしかないんです。ご隠居」

長いセリフを言い終わるやいなや電池が切れたように、その場に倒れ込んだ。

「ぐちゃぐちゃとセンチメンタルで青臭いことばかりいってんじゃないよ」

ご隠居の助走を付けたサッカーボールキックがメルヘンさんの顔面へと振り下ろされたとき、

倒れたメルヘンさんの前に犬が立ちはだかり、

ご隠居の足がギリギリのところで止まった。

犬は四本の足でしっかりと立ち、吠えずにご隠居を威嚇する。