及川が紹介してくれた教え子は、駅を出てすぐの場所にある小さなアパートに住んでいた。

久保がチャイムを鳴らすと、ボサボサの髪に眼鏡をかけた地味な女性がドアを開けた。

「……なんか用ですか」

低い声で女性が言う。
久保は一瞬怯んだが、すぐにいつもの笑顔を作って言った。

「流星探偵事務所の久保と申します。及川先生から話を聞いていると思うのですが……」

久保が言うと、女性は少し驚いたような顔をして言った。

「あっ……さっき及川先生が言ってた方ですか!すみませんでした!どうぞ上がってくださいっ!すごく汚いですけど」

女性は床に置かれたゴミ袋を足で蹴って道を作りながら久保を部屋へと案内した。
女性の名前は「町田」というらしい。

「いやー、すみませんね!せっかくのお休みの中急に来ちゃって」

久保がヘコヘコと頭を下げながら言うと、町田は首を横に振った。

「いえいえとんでもない!私も例の事件はなんか気になってたんで……」

町田はそう言うと、本が雑に突っ込まれた本棚から分厚いファイルを取り出した。

「これがその、人消のことをまとめた論文なんですが……参考になりますかね」

町田からファイルを受け取り、パラパラと捲る。

「すごい……これだけ書いてあればかなり参考になりますよ!」

そう言って久保がニコッと微笑むと、少しだけ照れ臭そうに町田が笑った。

「いやいや、ほんとに好きでやっただけですから……わかりづらい所とかあったら聞いてくださいね。あ、お茶出しましょうか」

「あー、お願いします!」

町田はゆっくり立ち上がると、小さな冷蔵庫からパックの烏龍茶を出して久保の前に置いた。

久保は黙ったままファイルを捲っていたが、ある事に気がついて口を開いた。

「これってもしかして、わざわざ及川先生の地元まで行って地元のお年寄りに話聞いてきたんですか?」

「あ、はい。さすがにそういう類いの話はネットだと限界があるんで」

「なるほどねえ……」

久保は隅々まで目を通すと、あるページで手を止めた。

そこには「消された人間の例」が載せられていたのだが、明らかに子供とは思えない人物のことが書かれていたのだ。

「町田さん、ここに書かれてる「消された猟師」って……明らかに子供じゃないですよね。及川さんは消されるのは子供だけって言ってた気が……」

「ああ、それは現地で詳しく話を聞いてわかったんですが、子供だけが消されるっていうのは、いわゆる「子供を脅すための迷信」みたいな感じだったらしいです。もっとも、及川先生くらいの年齢の人達は子供の頃に脅された年代なので大人も消える……なんて知らないと思いますが」

久保は頷きながらメモを取った。

それなら、小高や関根を消した犯人がこの『人消』と絡んでいる可能性もある。