「堤くんチョコついてるよ」


 ゆっくりと伸びてきた先輩の手が。

 俺の、唇の横に、触れる──


「──……ッ!?」


 な、なんなんだ、今の、は?


「ザッハトルテって、ちょっと食べにくいよね」


 先輩は、そういいながらチョコのついた指をぺろりと舐める。


「──ああああのっ、飲み物買ってきます!!」


 ヤバい!

 これはヤバいって!


 先輩の顔を見ていることも、側にいることも出来なくなった俺は、慌てて公園入り口の自販機に走った。

 財布から小銭を出すのにも指が震えて、たかがジュースを買うのに相当時間が掛かってしまった。

 両手に持ったアイスコーヒーのヒンヤリ感のおかげか、段々と頭が冷えてきた。

 でも、先輩の事を考える度に、耳まで暑くなるのを感じる。

 いくら先輩が優しいからって、普通、男の口に付いたチョコなんて取らないよね!?

 俺だったら絶対にやらない!

 クラスのみんなが気にする神宮を前にしたって、無理だよ。

 でも、相手が先輩なら……。

 ──うん。

 俺、先輩と同じ事するよ。

 迷わずやる!


 不思議な自信が沸いてきた俺は、1つの決意を固める。

 こんな風に先輩と2人きりになれることなんて、きっともう無いんだ。

 文化祭も終わって、生徒会室に行く用事だって無い。


 ──これは、チャンスだ。


 当たって砕けても良い。

 俺の気持ちは、変わらないんだから。