「堤くん」


 会長の笑顔にひとりドキドキしていると、不意に呼ばれた。

 もしや、ニヤニヤしてるのがバレた……とか。


「君、野球部だよね?」


 俺の坊主頭を指差して、思い出したように会長は言う。


「俺はもう帰るんだけど、堤くんは?」

「部活です」

「こんな時間から?」


 室内は薄暗くて時計なんて見えないけど、窓から見える空は、綺麗な茜色に染まっている。

 鮮やかな夕陽を背負って、会長がにこりと笑った。


「──部活なんて、休んじゃいなよ」

「……え?」

「ちょっと俺に付き合ってよ。野球部の主将には、俺から上手く言っておくから」

「えっ!?」


 いくら会長からのお誘いとはいえ、あの怖すぎる主将に何て言って練習を休めばいいんだ!?


「アイツとは、親友なんだ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ほら、こうやってメールを送っておけば……大丈夫!」


 言いながら、会長はポケットから取り出した携帯を少し弄くって、俺に見せてくる。

 そこには、『堤くんは俺が預かった!』とかって、マンガの台詞みたいなことが書いてあった。

 そんな軽い言葉で部活が休めるなんてとてもじゃないけど思えない。

 明日、どんな顔して部活に出ればいいんだ!?

 俺が青ざめている間に、会長はメールを送信して鞄を肩に掛けた。


「行こうか」


 この時ばかりは、会長の笑顔が恨めしく思えた。

 でも、よくよく考えてみれば、チャンスじゃないか!

 理由なんて分からないけど、会長が俺なんかを誘ってくれるなんて絶対に奇跡だよ!

 入部以来部活を初めて休むことにも、会長からの誘いにもドキドキしている俺は、慌ただしくも一旦教室に戻って、会長と待ち合わせした校門前へと急いだ。