「分かってるな?」
「何をだ」
俺の言葉にシガーは眉間にシワを寄せたが、アーシュトレイは静かに頷いていた。そうして、彼は小屋に入って初めての言葉を呟く。
「殺し屋は心臓を狙わない」
それは、正確ではないからだ。狙うのならば眉間かこめかみを。
「エルゼ、お前いつからアーシュトレイを取り込んでたんだ」
「取り込んでた?」
それは違う。これはアーシュトレイの選択でしかないのだ。
「お前が言ったんだろシガー。今は子が親を殺す時代だって」
静かなる発砲の後、シガーは猟銃を手放してうずくまった。流れる鮮血は一年前のそれと全く同じである。違うのは場所と、撃った人と、着ている服がタキシードではないと言う所だけだ。
彼は今度こそ消えるだろう――これは婚約者であった萩森秋子の残した復讐かもしれない。信じていた義理の息子を恨みながら、父になるはずのシガーは一生報われないだろう。
そして二度とよみがえる事はない。油断して自分の首を絞めたのは彼が愚かだったからではない、アーシュトレイがあまりに狡猾だったからだ。
しかし、悪魔のささやきを俺に残したのは間違いだった。誰よりボスに忠実でなければならない俺に手を伸ばすなんて、愚か者である。その間合いは、ボスの言葉を思い返すきっかけにしかならなかった。それに、裏切り者に裏切れと言われても、裏切る気はしない。
「……返すよ、エルゼさん」
アーシュトレイは銃を俺に手渡してボスを見下げた。
「この人」
アパートで、アーシュトレイはボスの仲間にやられたと言った。よく考えればアーシュトレイはこのボスの顔を知らない。あの時点でのボスはシガーの事だったのだ。思慮が浅かった。やはり考えれば分かる事ではないか。
「ボスに……裕二おじさんに殺されちゃいましたね。どうしよう」
アーシュトレイは心配そうに下唇を噛んだ。
「彼はボスですよね? 俺、この人に武器を頼んでいたのに」
「大丈夫だ」
「大丈夫? 胸を撃たれたのに?」
俺は頷いて、ボスを軽く揺すった。ボスは閉じていた目を開き、押さえていた胸から手を退けて立ち上がる。胸には確かに穴が開いていた。いや、正しくはスーツの胸には、だ。しかしその顔は清々しく、とても殺されかけた人には見えない。
アーシュトレイは少しだけ口を開けたまま俺を見ていた。状況が理解出来ないらしい。
「胸を撃たれても死なないんでしたね、ボスは」
「その通りだエルゼ。よく覚えていてくれた」
彼はスーツの胸ポケットから、鉄の板を取り出した。
「俺は殺し屋以外に殺されるのが嫌でな、こうして」
鉄板はアーシュトレイの手に渡る。
「胸に鉄の板を入れているのだ。アーシュトレイ」
ボスはウィンクをした。
「お前の言う通り殺し屋は心臓を狙わないからな」



