「気にするな。俺は胸を撃たれても死なない男だからな」
「それはたくましい」
「冗談はさておき、扉を調べてくれないか」
「とびら?」
「逃げ道は確保しなければならんからな」
ボスは俺とシガーの間に立ったままそう言った。目線はシガーの方を向いているから表情は汲み取れない。だが俺は言われたとおりに扉を調べた。鍵は開いていなかった。さっき音が鳴った気がしたが、あれは気のせいではなかったのだ。俺はボスを振り返った。途端。
――銃声が鳴る。
突然の出来事に俺の頭は混乱した。誰が撃たれたのか。俺ではない事は確かだった。前に立つボスはいつの間にか消えている。
俺の銃を持つアーシュトレイは目を見開いているが、その手に持つ銃は床を向いたままである。ただ一つ、硝煙が昇っているのはシガーの猟銃だった。そして消えたはずのボスは床にうずくまっていた。胸を押さえた格好で、ぴくりとも動かない。
「心臓を一発。お前の腕には敵わないが、確実に仕留めたはずだ」
シガーはそんな事を言った。俺の周りは最早何の色もない無音の世界と化していた。あの電話の時にボスの暗号に気付いていれば彼は死ななかっただろうか。俺がもう少し考えて行動していれば、この結末を変える事が出来ただろうか。
俺はいつも後悔ばかりしている気がする。あの時あぁだったら、こうしておけば、そんな事ばかりが頭を過ぎる。思考は意思とは関係なく働いていくのだ。考える事は人間が一番発達していると言うけれど、それならばもっともっと先まで考えられる程に発達していれば良いのに。
そうすれば俺は。
あの時もそうだった。俺がもう少し考えていれば事はあんな結末にはならなかったはずだ。
初めて本物の銃を見て、握って、人を殺した七年前。俺の人生が一変したあの日、寒い時期だった。残業明けの帰り道にあった黒のワゴン。それから出てきた男、突きつけられた銃口、渡された一枚の写真。そして男の濁った声。
『死にたくなければこいつを殺せ』
恐怖ばかりが俺を襲った。渡された銃には触りたくもなかった。だが俺は結局、写真の中の人を暗闇の中で殺した。不条理の中で俺は自分の運命を悔やむ事しか出来なくて、人を殺すと言う悪については考えていなかった。
死ぬ事は怖くて、逃げる行為は恐怖を持ち続ける事であり、殺される事でもあったから出来ない。だから、俺はその後も濁った男の声に従って人を殺し続けた。それ以外に、俺が正常に生き残る術はなかったのだ。
救われたのは、あの人が来たからだ。名前はなんと言ったか、その姿は最早うろ覚えで、声など微塵も思い出せない。女性だった。それから彼女はボスの姉だった。それだけは覚えている。
濁った声の男を訪ねてきた彼女は、俺を見つけて逃がしてくれた。アーシュトレイと話していた時は鮮明に思い出せたのに、今は欠片だらけしか思い出せない。
とにかく、逃げてからずっと彼女は俺の身の上を聞いてくれた。今の状況を、人を殺した感覚を、誰かにぶつけたかった言葉を全て。殺しの術は彼女から教わったのか? そうだ。彼女は殺し屋だった。弟の事が大好きな、優しく怖い、殺し屋だった。



