「何だい。どうして俺が生きてるのかって面、してやがるな」
「そんな、そんな事はどうでも良い」
葉巻裕二。シガー。
一年前、婚約者である萩森秋子を殺した男。この場でまた殺人を犯そうと言うのか。まるで殺人ループではないか。しかし俺は確かにあの日、教会で白いタキシードを着たシガーを撃った。確かに撃った。
だがその後すぐに俺は教会を後にしている。銃声が教会で結婚式を待っていた人々にも聞こえたからだ。しかし、それからシガーがすぐ発見されていたのなら、胸を撃ったとしても助かった可能性はある。奇跡的に助かって、情報を操作したのかもしれない。
何処のニュースもシガーは死んだと言っていた。
「そうかい。だが、お前は凄い男だったんだな、エルゼ」
シガーはにんまりと笑った。口も目も笑っている。だが、何処か不自然である。まるで笑っていない。仮面の、様だ。
「お前に撃たれて意識不明だった時、何度も夢を見たよ」
悠長な口調である。彼には何ら危機感がない。
「秋子が何十と居てな、俺を恨んでるって言い続ける夢さ」
カチリ、と何かの音がした。
「お前は、恨まれて当然だ」
「あぁ。勿論。だが、お前もだ」
シガーの顔から笑みが消えた。
俺は咄嗟に銃を構えなおそうとしたが、それは叶わなかった。背後から俺の銃を取り上げた奴がいたのだ。いつから仲間を忍ばせていたのかと思って、そいつの顔を確認してやろうとした。だが、そいつは堂々と俺の横を歩いて、シガーの隣に位置付けた。
痛むのか、脇腹を押さえたままである。
「アーシュトレイ?」
「そう。その名の意味は灰皿だ。俺の名は何だったか、なあエルゼ、言ってみろ」
「……シガー」
「その通り。俺の名は葉巻煙草を意味する。この意味分かるか」
俺は口を閉じた。
「アーシュトレイは俺の息子になるはずだった男なんだよ」
息子になるはずだった。と言う事は、萩森秋子の息子だと考えて良いのか。
いや、だが、そうか。
アーシュトレイの言う偉大な泥棒とはシガーの事だったのか。彼は母を殺した男につくのだろうか。それも可笑しな話だ。いや可笑しな話などありすぎて普通になっているのかもしれない。
どちらにしろ、俺には彼らの思考など到底理解出来そうもない。
「さあ、じゃあボスは解放してやろう」
だが、一つだけ分かる事があった。俺は真意を確かめようとアーシュトレイを見つめる。彼は俺の銃を手にしたまま何も言わない。無言である。傷が痛むのか、時折辛そうに眉をひそめるがそれ以外は何ら変わりない。そうしている間に、ボスが解放された。
まさか本当に解放されるとは思っておらず、俺はボスを受け止めて転倒する。シガーが笑っていた。ボスは小さな音で舌打ちをしてから立ち上がり、手を引っ張って俺を立ち上がらせた。
「こんな形で再会とは、嬉しくないな。エルゼ」
「ごもっともです。あの電話、気付かなくてすいません」



